ワシントン桜物語 アメリカと日本の友情を深める花(2)   cline.gif (2424 バイト)
 
  -米国ワシントンD.C.の桜物語(続き)- 更新 2015.7.5
       「前ページへ戻る。」

8.その後の出来事  このホームページの反響
9.原産地記述の修正要求 興津果樹研究所と生産地伊丹の記述要求について
10.伊丹市が紹介される 米国国立公園管理局(NPS)の桜の歴史ページ
11.追記(ポーツマス条約) 原不二子女史のスピーチ
12.追記(小学校用副読本) 東野村の苗木作りと桜の歴史について
13.追記(宝塚市の国際交流) 冊子「山本の花と緑」・ハナミズキについて
14児童図書に東野村が紹介される 岩崎書店の図書にハナミズキが紹介される。
15 .アメリカに桜を咲かせた人たち 横浜市在住の石田三雄氏の冊子
16.先人顕彰劇第11作 いたみホールで公演(ワシントンの桜物語)
17.読売新聞で紹介される。 先人顕彰劇とHP修正の記事が紹介
18.伊丹市へ里帰り苗が届く 日本さくらの会よりNCSSの寄贈苗が到着
19.2004年の桜祭り その後の反響メーコン市の桜祭り,
20.2005年の里帰り桜 伊丹の里帰り桜が2年目にして開花する。
21.2006年の桜紹介記事 東野賛歌・武兵衛の曾孫、久保武久氏の桜満開
22.2007年の桜紹介記事 ワシントンD.C.の桜
23 2008年 桜の話題 東野特産盆梅・武兵衛梅が紹介される。
24 2009年 桜の話題 桜の女王静岡市訪問。
25 2010年 桜の話題   江北の五色桜-荒川堤の桜ガイドブック。
26 2011年 桜の話題   映画『さくら、さくら - 高峰譲吉の生涯-』
27 2012年 桜の話題   日米友好の桜寄贈100周年の関連事業
28. 2013年 桜の話題    米国から寄贈の返礼のハナミズキ植樹
 年金者連盟伊丹支部会報誌で桜紹介記事
(PDFリンク)
29. 2015年 桜の話題   尾崎行雄を全国に発信する会がマップで紹介
   
この記事に関する問い合わせは  aranishi@bca.bai.ne.jpまで。 

ホームページの先頭画面「清酒発祥の地伊丹」ページへ戻る。
cline.gif (2424 バイト)

   その後の出来事
 無事に植樹式も終わってその内容をこのページに掲載した3月、花便りが聞かれるころになっても国内はじめ米国からも多くの方々からメールが届き、ホームページの反響の高さに驚きました。
 その他米国在住の日本人の方や、ワシントン市の広報サイトにこのページが紹介されたので米国の小学生から質問が来たり多くの方から情報等をいただきました。 このページが契機になって、多くの方々に伊丹と桜の関係や日本の桜について内外にアピールできたことに感動しました。
 引き続き追記していく予定ですが、関連するページをリンクしたり追記していくに従い非常に読みにくい長文になりましたがご容赦ください。
 ワシントンDCの下記の観光案内ページでワシントンの観光情報などに関心のある方はアクセスしてこのHP掲載維持にご協力ください。 ホワイトハウスや議事堂のあるNational Mallの360度パノラマ写真や様々な名所の紹介があり見ているだけで楽しいページです。
(下の行クリックしてください。)

 http://DCpages.com/Tourism/Cherry_Blossoms/Web_Sites/International/

  ”伊勢市にはハナミズキがあります。”

また これら米国のページを検索していて偶然に日本から英語で書かれていた伊勢市の辻俊郎さん(E-mail: ncp@synapse.co.jp )の記事を見つけてお便りしたところ、なんと伊勢市からワシントンへ99年4月7日からハナミズキの女王一行はじめ伊勢市の代表団を送り、4月9日 に行われる「ハナミズキ植樹式」を桜とゆかり深いアーリントン墓地があるタフト大統領の墓前で行なうとのことでした。
 尾崎行雄の記念館が伊勢市にもあることは知っていましたが、伊勢市では彼の偉業を顕彰していくために、ゆかりのハナミズキがあり、それにちなんで例年 ハナミズキの女王を市民から選んでいること。そして尾崎咢堂(行雄)の偉業をたたえて咢風会という会があることは知りませんでした。
   辻さんのホームページには下記の記事のほか尾崎行雄はじめ伊勢市に関する多くの情報が満載されています。尾崎行雄は日本が誇る政治家の一人として、米国に桜を寄贈しただけでなく彼の略歴などを知ることができます。 

 ●ハナミズキ植樹式 4月9日 開催:午前10時
  場所:Taft Grave Site, Arlington National Cemetery      

gakufu2.jpg    gakufu11.jpg

    99年春の桜祭りに参加の伊勢市のハナミズキの女王と咢風会の皆様の活動写真が掲載されています。 http://www.synapse.co.jp/esise/gallery.html
尾崎咢堂記念館: 伊勢市川端町97-2 Tel. 0596-22-3198。 cline.gif (2424 バイト)

   現在の植樹されたハナミズキ 2000年5月撮影(伊丹市のホームページより転載。)

 植樹式を終えてから2回目の春を迎えた2000年5月に荻野小学校のハナミズキは見事に美しい白い花が咲きました。
  東京都立園芸高校から送られたきた苗は間違いなく米国から贈られた子孫苗です。
 この幼木に咲いた可憐な白い花は、まさしく大正4年に使節団から贈られてきた最初のハナミズキの子孫苗であることが証明されました。
  
 史実によると、大正4年にアメリカの使節が「白いハナミズキ」の苗木40本をたづさえて来日し、その2年後さらにピンクの苗木12本と種が贈られています。
友好のシンボルとして、このハナミズキが荻野小学校児童はじめ、地元東野地区の皆さんと共に、末永く大切に育てられていくことでしょう。   
    (写真右。荻野小学校付近のハナミズキ並木道路。)

cline.gif (2424 バイト)

 その後、国立公園管理局の桜の歴史のページが更新されており,最後に次の記事内容が記載されていました。
November 15, 1999
- Fifty trees were propagated from the   1400+ year old "Usuzumi" Cherry growing in the village of Itasho Neo, in Gifu Prefecture of Japan, and planted in  West Potomac Park. It is said that that the 26th Emporer Keitai of Japan planted the tree 1500 years to celebrate his ascension to the throne.The "Usuzumi" tree was declared a National Treasure of Japan in 1922.  

 1999年11月15日、
日本の岐阜県根尾村にある樹齢1400年以上の”淡墨桜”から採られた50本の苗木が西ポトマック公園に植樹されました。一説によると1500年前に第26代継体天皇が即位を祝 って植えられたものです。淡墨桜は1922年に日本の国宝に指定 されています。(翻訳:制作者)

 さっそくインターネットで岐阜県の根尾村を検索し照会したところ根尾村役場総務課洞口様から以下のメールが返ってきました。
 
(メール内容)
  樹齢1500年余の淡墨桜の苗木を、世界的な桜の名所であるアメリカのポトマック公園に植えようと1986年中部電力奥美濃水力建設所長の渡辺氏と、根尾村の当時教育長だった吉田氏が発案し、それに根尾村も協力し植樹に動き出したが、根付きの植物の輸出は米国の植物検疫法が壁となり難航し、土や根のついていない枝を研究用として2人で米国に運んだがこの枝は枯れてしまい、91年に再び新たな枝を運び、アメリカの桜の苗に接ぎ木し、ある程度大きくなったので村長他が1999年の11月15日に植樹をしたものです。 以上のような経緯で50本の桜がポトマック公園に植わっています。


 歴史的な日本の桜について検索機能を使ってさらに調べてみると現在言われている日本の5大桜は次のとおりです。
1.埼玉県北本市の石戸蒲ザクラ  2.福島県田村郡三春町の滝桜
3.山梨県武川村の神代桜     4.静岡県富士宮市の下馬桜
5.岐阜県根尾村の淡墨桜  
 なんとこの淡墨桜は日本の5大桜の1つで、幹の周りが9メートル余、広げた枝は50メートルにもおよぶ巨木桜。満開の頃になるとその花びらが、しだいに薄墨色になっていくことから淡墨桜と呼ばれています。 
 この
のページにリンクしていただいていますが、淡墨桜について紹介されている「根尾一族のゆくえ」のホームページを紹介いたします。
http://www.max.hi-ho.ne.jhttp://www.eonet.ne.jp/~neo1/sub4.htm
より引用。


  2001年春、 ワシントンの桜祭りに岐阜県から友好親善団 を派遣し、植樹式や様々な交流事業を開催されました。
その報告書には99年11月にジェファーソン・メモリアル西側に5本、2000年2月にタイダル・ベイスン西のポトマック川沿いに45本の淡墨 が植樹された。暖冬の今年は、例年より3週間ほど早い3月19日頃に見事に開花し、訪れる人の目を楽しませた。との記載があります。
ワシントンに日本から桜が寄贈されそれを契機として日米間で様々な交流が行なわれました。そしてこの交流の歴史は21世紀へと続くことでしょう。

 (2005.4.10撮影) 写真をクリックすれば拡大表示します。

現在植えられているワシントンポトマック河畔周辺の桜の種類と本数。
http://www.nps.gov/cherry/chryfaqs.htm より引用。
Count
本数
Common Name
 桜種類
Botanical Name
学 名
2763 Yoshino Cherry Prunus x yedoensis
 481 Kwanzan Cherry Prunus serrulata 'Kwanzan'
 112 Akebono Cherry Prunus x yedoensis 'Akebono'
 190 Takesimensis Cherry Prunus takesimensis
  50 Usuzumi Cherry Prunus spachiana f. ascendens
  94 Weeping Japanese Cherry Prunus subhirtella var. pendula
  21 Sargent Cherry Prunus sargentii
  21 Autumn Flowering Cherry Prunus subhirtella var.autumnalis
  14 Fugenzo Cherry Prunus serrulata 'Fugenzo'
   2 Afterglow Cherry Prunus x yedoensis 'Afterglow'
   1 Shirofugen Cherry Prunus serrulata 'Shirofugen'
   1 Okame Cherry Prunus x "Okame"
 3750 Total
                MODORU.GIF (188 バイト) メニューページへ戻る cline.gif (2424 バイト)

 興津果樹研究所とワシントンの桜追記:H20.4.1 
 
 このページを見られた山口昭氏から記事紹介のメールをいただきました。 ご本人自身この興津試験場で研究されていたことがあり、本人が興津桜会(興津支場に在籍した技官や職員の同窓会)のメールマガジンに”ワシントンの桜余聞(PDF)と題して記事を掲載されています。
 すでにこのサイトで紹介しているワシントンの桜についての詳しいエピソードや興津果樹研究所内の記念碑の件など。そして関連する著書の紹介もいただきました。

また平成4年に桜を顕彰する記念碑が場内に建立された記事など送付いただきましので紹介します。
(写真は興津果樹研究所内敷地に建立されているワシントンの桜誕生の地碑-平成4年2月11日除幕式)
農林技術新報H.4.2.25より。(クリック拡大表示PDF形式)
    

ワシントンの桜余聞(クリック)(山口昭氏-興津桜メールマガジン記事より。)

田中彰一著「随筆八十路を越えて」 北泉社1984より。(リンクPDF形式)
 
-日本桜植樹50周年(1963年)にライシャワー駐日大使から熊谷八十三氏への感謝状が贈呈されたことなどの紹介があります


  原産地の修正要求
再度説明しますが、1912年に日本から送られたワシントンの桜は以上のように、今から90年前に 伊丹市で生産された台木に東京の荒川堤の桜が穂木として清水市の農事試験場(現在の果樹研究所カンキツ研究部)で接木されて送られたものである。
  参考:平成15年4月1日より清水市は静岡市と合併。
      
(カンキツ研究部の住所は静岡市清水興津中町です。)

 ワシントンの桜については日本からの贈り物としてよく知られていますが、その桜のルーツはあまり知られていません。

 このホームページを作った理由はこの史実を広くアピールしていきたい思いから自然が豊かな伊丹市の紹介として作成したものです。

史実によると、1910年に当時農商務省農事試験場長の古在由直農学博士の指示により興津園芸部の恩田鉄弥部長はじめ桑名、熊谷,堀技師の指導をうけ、伊丹市東野村で育苗された台木15000本が同年11月に興津へ送られています。

 そこで接木をされて10ケ月間養生育苗された後、最初の葉が落ちる頃に掘り起こされて、消毒され米国へ出荷したものであります。
(拡大表示:新聞記事をクリック)

そのような事実から桜の苗は伊丹市が原産の地であり、清水市は生育の地といえるでしょう。 
  *
清水市の果樹研究所カンキツ研究部のページへ

(平成11年2月18日産経新聞近畿版夕刊)
新聞記事面をクリックすれば拡大表示します。
 また米国ワシントンのNPS(National Park Service-国立公園管理局)ホームページ上の「桜の歴史」の記述には荒川の土手の桜の穂木に 野生の桜株を接木した。と記載されていました。
 -以下の記述はワシントンNPS(国立公園管理局)のホームページより
Dr. Takamine again donated the costs for the trees, whose number had now increased to 3,020. The scions for these trees were taken in December 1910 from the famous collection on the bank of the Arakawa River in Adachi Ward, a suburb of Tokyo, and grafted on wild cherry root stock.

 と以上の通りの記載ですが、正しくは野生種ではなくて、当時は聞くところによると大島桜の品種苗を東野で接木用として育てた。と聞いています。 

 このように米国のNational Park Serviceの桜の歴史の説明に伊丹の記述がないのが残念です。
 
そんなことは別にどうでもよいと言えばそれまでですが、 郷土史に誇りを持つ伊丹市民として、この歴史的な事実を顕彰していくためには大切なことなので引き続きこだわっていました。

           
 
桜の原産地である証となる文献を発見!!

  すでにこのサイトで説明しておりますが、現在米国のNPS(国立公園管理局)のホームページでは野生種の台木に接木した。という記述になっています。

  なんとかこの記述を正しく伊丹で育成された台木に穂木を接木した。と公式のホームページで紹介してほしい。
 そのような想いで、これまでに記述内容の修正を要求していくためは、適当な証拠となる文献がほしかったのですが、入手できずに残念な思いでいました。
 その後伊丹市で苗木が用意されたという証となる文献として、東京の憲政記念館に陳列されている保管文書に、明治45年に米国へ送る桜苗について研究を指示された興津(清水市)農業試験所の農務省熊谷技師が作成した報告がありそのコピーがあることを聞き入手しました。
左の文書をクリックすれば拡大します。)

それが上記の文書で、この「北米合衆国送付スベシ桜苗養成概況」という文中の赤線部分 取消し線の部分「砧木栽培明治四三年兵庫県川辺郡植木商久保武兵衛」 の記載が確認できます。

   *参考:当時の地名は 兵庫県川辺郡稲野村之内新田中野村字東野
 また幸い以前に清水市から参考としていただいておりました資料で興津園芸試験所50年小史(昭和27年11月)のコピー中にも、恩田技師が三好博士と桜の品種の選定にあたり 「兵庫県から山桜の実生苗を取り寄せて用いる事とせり。」の記載が見られます。
 その時にいただいた米国の農業省発行の National Arboretum Contribution No.4 (The Japanese Flowering Cherry Trees of Washington.D.C.)の17ページ「The second gift of Japanese flowering cherry trees to the nation's capital」には日本から送られた桜についてその経緯が詳しく紹介されております。
  その米国農務省の文中には、荒川堤で穂木が採取された事や清水市の興津試験所のことも記載されていました。 

 しかし残念なことに燻蒸処理されたことは記載されているが、伊丹の東野村で接木作業をした事実の記載は全くなく、ただ 単に野生の桜株ではなくて原文では以下のとおり記載されています。(PDF)

 in February 1911 they were grafted to
specially selected understock.

 (訳) 「1911年2月に穂木は 特別に選定された台木に接木された」
(左の文書をクリックすれば拡大します。)

憲政記念館
昭和35年に憲政の功労者である尾崎行雄を記念して、尾崎記念会館が建設されましたが、その後これを吸収して現在の憲政記念館が完成しました。

憲政記念館がある衆議院のページ(クリック)

 これらの文献から伊丹市で台木を育苗したことは客観的に見ても明らかであります。そこで新たに 英語版のホームページ にその経緯を紹介して、記述修正依頼メールを平成14年2月初旬にNPSへ送付しました。
 
              MODORU.GIF (188 バイト) メニューページへ戻る cline.gif (2424 バイト)

   伊丹市の育苗が米国内務省のNational Park Service
  のページにて
紹介される!
 (2002年2月25日付修正)
 
1998年秋からこのページを立ち上げて以来、過去にNPSのページ作成者へメールでリンクの依頼や伊丹市の記載がないので修正の要求をしたことがあり、一度はあきらめていましたが、今回の証となる文書入手により再要望し、ついに2月21日に下記のメールが担当者から送られてきました。
Greetings,
 
I am the Natural Resource Manger for the National Park where the cherry 
trees are located in Washington, DC.
I have been forwarded your email and 
will be passing the information along to the people who work on our web
page
to see about adding the information you have told us about.
However, I would hold back on adding the Blossoms in our Future link
to your web site. In the near future we will be significantly re-working
the program and there will be several changes. If you have any other
questions, please contact me.
Regards,
  Gopaul Noojibail

  その内容は記事修正のために ページ制作担当者に私のメールを転送した。」との内容であり、修正されるのを楽しみに嬉しく思いました。参考:照会したメールとその回答(PDF)

 
また現在計画中の 植樹桜苗の寄付プログラム”Blossoms in our Future”への協力も紹介する事 を書いていたのですが、いただいたメールによると今後新たな計画があるみたいで、リンクは控えてほしいとのことでありました。

 
とにかく多くの人に伊丹市が桜やハナミズキなど植物による国際交流事業に大いに関係があることを知ってもらえれば幸いです。

  その後、担当者からページ表示の内容修正済を知らせるメールをいただき、該当ページを確認しましたところ、確かに記載内容は2002年2月25日付で改正されており、現在の米国内務省国立公園管理局の「桜の歴史」公式ページの内容は以下のとおりです。

   History of the Cherry Trees in Washington, D.C.
   「 ワシントンD.C.の桜の歴史」 掲載記事より抜粋

  修正文が記載されているNPSの該当ページhttp://www.nps.gov/cherry/cherry-blossom-history.htm(クリック)

  The scions for these trees were taken in December 1910 from the famous collection on the bank of the  Arakawa River in Adachi Ward, a suburb of Tokyo, and grafted on specially selected understock    produced in Itami city, Hyogo Prefecture. 

  これら苗木用の穂木は1910年12月に東京郊外、足立区の荒川の堤から採取された有名な品種  に
兵庫県伊丹市で育苗された特別に選定された台木に接木された
(翻訳制作者)

修正前の該当箇所
  The scions for these trees were taken in December 1910 from the famous collection on the bank of the Arakawa River in Adachi Ward, a suburb of Tokyo, and
grafted on wild cherry root stock.

 私もあまり意識しなかったのですが、NPSのページで以前はroot stock と表現されていたのが今回はunder stock と修正されています。

 ちなみに、辞書で引いてみるとroot stock は根茎 under stock は台木と正しく載っています。 
 また参考までにこのページは(日本語・英語版)すでに紹介していました下記のワシントン市内観光サイトでもリンクされています。

市内観光案内サイト (クリック)
http://dcpages.com/Tourism/Cherry_Blossoms/Web_Sites/International/

  余談になりますが、兵庫県でも平成3年度から「ふるさと桜づつみ回廊」(クリック)事業を実施されており、瀬戸内海から日本海を結ぶ、延長172キロの川沿い(武庫川~篠山川~加古川上流~円山川)を桜でつなぎ県内のさくらの名所づくりを進めています。 
cline.gif (2424 バイト)
 
追記:日本から贈られた桜の寄贈100周年となる今年2012年の桜まつりは3月20日~4月27日まで100周年を祝賀して特別に5週間に延長して様々なイベントが予定されています。

詳しいイベント案内はNCBFの実行委員会の下記のページで紹介されています。左の地図は桜が植樹されたタイダル貯水池付近の地図です。(クリック)

桜まつりのページ
National Cherry Blossom Festival

http://www.nationalcherryblossomfestival.org/
(英語)
 

NPS(国立公園局)の
桜の歴史のページ

      


ポーツマス条約について-追記:2006.11.1
 このホームページを立ち上げて以来様々な方から情報をいただいたり新たに調べたことなど多々ありますが、この機会に関連して紹介します。

(追記:以下は手島悠介著「友情の二つの花」(岩崎書店)より引用。)
このページを編集していて桜について様々なことを知りました。特に上記の「友情の二つの花」の文中において、今から10年前の1992年4月にワシントンで行われた植樹80周年記念式典の記載があります。
 この記念式典には尾崎行雄の孫にあたる原不二子女史が、桜とゆかりの深いタフト大統領の四世(ベルギー在住)と共にこの記念式典に招待されています。 そして式典での原不二子女史が行った流暢な英語スピーチの内容が紹介されています。

「わたくしの祖父・尾崎行雄が、桜をおくらせていただきましたのは、アメリカへの感謝の気持ちを表すためでした。日露戦争に「勝てた」のは、セオドア・ルーズベルト大統領のお力ぞえがあったからだと、尾崎は考えていました。
 そのころの日本の国民感情からいえば「戦争に勝ったのに、ロシアから賠償がとれないのはおかしい。政府の外交がへただからだ。」と不満に思う人たちが日比谷の交番を焼き討ちしたり、新聞社をおそったりして、はげしい暴動がおきていました。
 日露の和解に努力して下さったアメリカに対して、感謝の気持ちをあらわすことは、とても出来ない雰囲気だったのです。」

とスピーチされており、続けてもう一つの理由を尾崎は全体主義の国ドイツとの同盟には反対であり、自由と民主主義の国・アメリカこそ友愛と信頼の関係を結びたいとの信念」をもっていた。

 とのスピーチに対して列席者に深い感動を与え大きな拍手がおこった。と記載されています。

 
この感謝の気持ちというのは戦争終結講和条約を結ぶ際に米国が仲介して講和会談場所として自国のポーツマスを提供してくれた事に対する謝意でありました。
   

 ポーツマスは米国東海岸のボストン近郊の都市で日露戦争の講和会議が行われたところで有名です。日露戦争は近代日本の命運をかけて人的被害はじめ多くの犠牲を強いられ戦われました。
 その戦勝の成果として国民の期待を受け全権大使、小村寿太郎は講和会議に臨みました。
そしてロシア全権大使・ウィッテとの緊迫した駆け引きの末にポーツマスで講和条約を成立させました。

 明治38年(1905 年)の日露講和条約を不満とする日比谷焼討ち事件があります。これは、日比谷公園で催された大会の解散後、憤激した群集が交番、新聞社などを焼討ちし、鎮圧のため戒厳令がでました。当時、日露戦争で日本は個々の戦闘には勝っていた ものの、実態は戦費も兵站もすでに底を尽きかけており、これ以上戦争 を継続する能力はほとんどなくなっていたようです。したがって、何がなんでもポーツマスで交渉をまとめなければならなかったものの、その事情をロシア側に悟られてしまっては絶対にまとまる交渉もまとまらない。
 したがって国民に対して、この内実を必死で隠しました。そのため戦果を期待していた国民にはその交渉結果には満足せず、帰国した小村外務大臣は国賊呼ばわりし、一部の民衆が暴 徒化した日比谷公園の焼討ち事件が起こり、小村外務大臣の自宅にも火 がつけられました。 夫人はそのために精神異常を来たし一生治らなかったそうです。

 当時の情勢ではロシアもまた国内で迫り来る共産革命の嵐が吹き荒れ、日露共に戦争を継続するのに困難な事情がありました。そんな時に両国の間に入って戦争を終わらせるための講和条約締結のあっせんをしたのが、当時のアメリカ大統領・セオドア・ルーズベルトでした。
 (一説には満州での鉄道権益を求めていたため日本に協力したと言われています。)

 いずれにせよ当時の国力、戦力比較においても当然講和に応じないロシアを米国のおかげで講和に持ち込めたことは日本にとって非常に幸いでした。  
  また条約締結の場所としてワシントンD.C.を選ぶことは、講和会議にアメリカが介入するような印象を世界に与えるかもしれないという理由で見送られ、代わりに選ばれたのがニューハンプシャー州ポーツマスでした。
 ポーツマスはニューヨークやボストンなどの都会からもそれほど遠くなく、さらに潜水艦の建造・修理のために1797年に建設された海軍の基地があったのです。海軍工廠の中ならば、両国代表のための警備体制にも問題はないというのが理由でした。


 公文書に見る日露戦争(国立公文書館アジア歴史資料センター)のページ(クリック)

 ボストン近郊にはポーツマスだけでなく幕末に漂流漁民として捕鯨船に助けられた
ジョン・万次郎が過ごした町フェアヘブンなど何かと日本には縁が深い町があります。 

 まったくの余談になりますが、兵庫県民ならぜひとも知っておきたい史実として、ジョン・万次郎よりも7年前に愛知県美浜町の船乗り3人(音吉、久吉、岩吉)は、江戸への航行中に台風に遭遇し1年以上も漂流し黒潮に流され州都シアトルのある兵庫県の姉妹州・ワシントン州フラッタリー岬に漂着して現住民のマカ族の奴隷にされました。
 その後彼らは数奇な運命でマカ族から買い取られて幸運にも英語を学びます。彼らは帰国の思いは果たせませんでしたが、開国を迫るペリーに影響をあたえ、マカオで最初の聖書翻訳を手伝ったり日本の遭難漁民を助けたりシンガポールでは遣欧団の福沢諭吉と面会するなど波乱万丈の人生を歩みます。(小説「海嶺」参照。)

 日本ボーイスカウト兵庫連盟は異郷の地で逞しく生き抜いたこの少年(音吉)を顕彰するため、兵庫県の姉妹州にあたるワシントン州のフォートバンクーバー公園にこの漂流民の顕彰碑を建立しました。
 また2006年6月には日本ボーイスカウト兵庫連盟長(井戸兵庫県知事)からフラッタリー岬のある兵庫県の姉妹州ワシントン州ニアベイのマカ族博物館へ3人が漂着した宝順丸のレプリカを贈っています。 

日本ボーイスカウト兵庫連盟の国際交流(クリック)

           MODORU.GIF (188 バイト) メニューページへ戻る
cline.gif (2424 バイト)

 副読本「ワシントンの桜」について
 
いつの時代にも郷土の誇りとなる史実や先人の努力を顕彰する際に、様々なエピソードや人々を感動させるすばらしい物語があります。またそのような史実を後世に伝えることが郷土への愛着をよりいっそう深め、そして地域の連帯と町の個性をさらに高めます。
 先日機会があってこのホームページを作るきっかけとなった郷土史研究グループのメンバーである内堀睦夫氏から小学生の副読本用としてご本人がワープロ手作りで編集された冊子と指導解説書のフロッピーディスクをお借りしました。
 特に小学生5,6年生用に書かれているのでわかりやすい解説がされています。市内の小学生にはぜひとも読んでほしい内容です。

 原本は
「アメリカと日本の友情を深める花-伊丹市東野でつくられた桜の苗木-」
の表題で、縦書きですが、ご本人の承諾をいただき子供用のルビをはずして、横書きのワードで読める形式に変換したファイル(PDF形式)にしました。
  「ワシントンの桜」副読本、を読みこむ (PDFファイル)

                      MODORU.GIF (188 バイト) メニューページへ戻る
cline.gif (2424 バイト)

宝塚市の国際交流とハナミズキ
 2002年3月30,31日宝塚市で阪神北・まちづくり国際フォーラム2002が伊丹市はじめ、4市1町の主催により開催されました。各市の海外姉妹都市からも講演者が招聘され都市計画まちづくりのフォーラムが開催されました。
 フォーラム会場で伊丹でのハナミズキ植樹式にも参加されていたボランティア団体「宝塚緑の風」会員木村悦子氏と偶然出会いました。
 その後彼女は福井市でも平成12年に越前松平家より寄贈された日米友好ハナミズキ植樹式に出席されたり、市民レベルでハナミズキの交流をさらに盛り上げていきたいことなど、その抱負や活動の話になりました。
(写真左から内堀氏、服部氏、酒井福井市長
 第20代越前松平家当主、木村女史)    


 ちょうどこのフォーラムに宝塚市の姉妹都市米国オーガスタ市のボプ・ヤング市長も講演者として招聘されており、そんなことで久しぶりに会って話題が姉妹都市交流活動を聞くことになりました。
 宝塚のイメージといえばなんと言っても「少女歌劇とスミレの花」が定番ですが、今回は宝塚市のハナミズキについて紹介します。

 宝塚市は1989年(平成元年)の姉妹都市提携時にオーガスタ市より35本のハナミズキの木が贈られ1999年の提携10周年にはさらに10本のハナミズキが贈られて市内「ゆずりは公園」に植樹
されたとの事を知りました。
 オーガスタはオリンピックが開催されたアトランタと同じジョージア州で、アトランタ市の花はハナミズキであります。ハナミズキはカナダから北米大陸東部に自生する植物でアメリカ各州の州花にもなっています。また宝塚市の長尾山麓山本、中山、伊丹市北部の荒牧、鴻池は昔は同じ川辺郡長尾村であり、山本を中心に伝統的な植木産地として全国に知られていました。
 宝塚市国際交流協会が発行している冊子「山本の花と緑」をいただき、大正6年に米国から2度めのハナミズキ(赤花種)が贈られた際に、なんと2本が久保武兵衛氏に贈られおり、その内の1本が武兵衛氏と仲がよかった宝塚市山本在住の阪上猪太郎氏に渡され、そのハナミズキは今も80年以上の年月を超えて山本の地で生きている。との記述がありました。

 この冊子には山本は古くから豊臣秀吉に仕えた武士、坂上頼泰が園芸を広め秀吉から木接太夫の称号まで授かったことや造園業の盛んな土地柄であり地元にはそのことを顕彰して「木接太夫彰徳碑」(上の写真)があります。
歴史や文化を伝承し共有することが広域的な市民の連帯と交流を深める上で必要なことであると思いました。
 


 追記:貴重な資料-昭和26年10月発行の「長尾の園芸」(PDFファイル)

   日本の三大植木産地は??
 福岡県久留米市田主丸(たぬしまる)と埼玉県川口市安行(あんぎょう)に兵庫県宝塚市山本の三ケ所が日本三大植木産地と言われています。
 山本は昭和の町村合併(1955)により宝塚市に組み込まれたが、それまでは兵庫県川辺郡長尾村に所属しておりました。
 この桜を出荷した東野に隣接する長尾村内には、現在伊丹市となっている地区には鴻池・荒牧・荻野があり山本だけが宝塚市
(クリック)に組み込まれました。
 今は当時の川辺郡の地名は川西市の北部に位置する猪名川町にその名をとどめています。

 注釈:一説には愛知県稲沢市も日本の三大植木産地とのことです 。

                      MODORU.GIF (188 バイト) メニューページへ戻る cline.gif (2424 バイト)

平成14年4月10日発行の児童図書に荻野小学校のハナミズキが紹介掲載されました。


図書名 「人物、動・植物で調べる国際交流」
    地域でできるこれからの国際交流(5)
    ISBN4-265-04455-7 47p29Cm
編・著  こどもくらぶ
      (C)2002 Kodomo Kurabu
発行者  岩崎弘明
発行所   (株)岩崎書店
(図をクリックすれば拡大。表紙・掲載ページ)
伊丹市の東野での苗木つくりやハナミズキの事が児童向けに植物を通じた交流として伊丹市東野が紹介されています。
 小学生向きですが、特にこれからのIT化の時代を反映してインターネットでの検索の仕方や検索エンジンの説明など今の児童書は大人が見てもなかなか楽しい内容です。

平成14年4月23日付読売新聞全国紙で紹介

 読売新聞が行っている
NIE (Newspaper In Education-教育に新聞)シリーズで様々な日米間の交流事業が紹介されています。

 その中で、「世界が見える日本がわかる(1)日米のきずな」 と題し荻野小学校のハナミズキの写真と共に友好の木の紹介がありました。
 NIEのホームページは教育にインターネットを活用事例や、多くの教材が用意されています。

荻野小学校のホームページへ

〒100―8779 東京中央郵便局局留  読売新聞社NIE事務局
「世界が見える 日本がわかる」係 
NIEのページへリンク

                   MODORU.GIF (188 バイト) メニューページへ戻る
cline.gif (2424 バイト)

 
 アメリカに桜を咲かせた人たち
  またこのホームページに関して、平成14年8月に横浜市に在住の石田三雄氏から内容について照会をいただきました。石田氏は
「アメリカに桜を咲かせた人たち」と題して日米友好に縁のある高峰譲吉博士とシドモア女史に焦点をあて、その時代とアメリカへ贈られた桜について非常に詳しく書かれおり、その後冊子等をいただきました。
 桜の寄贈に関する石田氏の詳細な調査内容には驚きました。そしてこれまでこのページで紹介した内容も一部修正させていただきました。
 冊子の製本は石田氏の手作りですが、-日米友好に心を砕いた紳士と淑女-
というサブタイトルにふさわしい内容の冊子です。

 石田氏の冊子を読んでたった90年前の歴史でさえも正しく残していくことが非常に難しいものであることを痛感しました。
 またその中で、とくにエリザ・R・シドモア女史はこの時代にアジア各国の旅行記などを執筆されていますが、中でも
「As the Hague Ordains:ハーグ条約の命ずるがままに」を彼女は著しています。
 この書籍の内容は、終戦後に日本兵の悲惨なシベリア抑留体験と違って、はるか以前前の日露戦争下の時代において日本がロシア軍捕虜に対して忠実にハーグ条約を遵守し人道的に厚遇した事を彼女が高く賞賛した内容であります。
 このことが日本人をして彼女に親しみを持たせることとなり、その後日本政府から勲六等宝冠章を受章されています。
 また彼女の兄は在日米国領事であり、横浜外人墓地に墓所があり、40年に及ぶ滞日記録があることなど、高峰博士功績とともにこの冊子で詳細に紹介されています。
 高峰譲吉博士はすでに紹介しましたが、典型的な明治の気骨ある日本人で特にタカジアスターゼとアドレナリンの発見によって世界的な名声を博した人物です。キャロライン夫人とともに日米両国の掛け橋として終身日米間の友好関係に貢献されました。


*セント・パトリック教会の「君が代」

 1921(大正10)年、第一次大戦後の軍縮問題と極東問題を討議するためにワシントン会議が開かれることになった。日本からの使節団と一緒に訪米した渋沢栄一が、譲吉を訪問した。譲吉は、寄る年波と日米友好のための激務で、体を壊し静養中だった。
 アメリカに渡って30年、懐かしい故郷に帰って老後を過ごしたいと弱音を吐く譲吉に、渋沢は涙を流しながら言った。ワシントン会議が始まって一ヶ月、譲吉は倒れて、そのまま意識を戻すことなく、大正11(1922)年7月22日、68年の生涯を閉じた。ニューヨーク5番街にあるセント・パトリック教会での葬儀には、日米600名もの人々が集まった。柩を墓地に送り出そうとする時、キャロラインが日本人の会葬者たちに呼びかけた。「ジョウキチが愛してやまなかった、日本の国歌で送ってあげて下さい」「君が代」の静かな大合唱が聖堂に響き渡る中を、譲吉の柩は担ぎ出された。翌日、ニューヨーク・ヘラルド紙は譲吉の死をこう悼んだ。 日本は偉大な国民の一人を喪ったとともに、米国は得難き友人を、世界は最高の化学者を喪った。
(Japan On the Globe(383) 国際派日本人養成講座より引用。

ポトマックの桜冊子
追記: 2011年10月 
  石田三雄氏が「ボトマックの桜」と題して詳しくワシントンの桜について歴史的な経緯を関係資料を基にして、体系的により詳細にまとめられています。
 この冊子は「近代日本の創造史」別冊として近代日本の創造史懇話会より発刊されています。

(クリック拡大)

                        MODORU.GIF (188 バイト) メニューページへ戻る
cline.gif (2424 バイト)

伊丹市の先人顕彰劇第11作で公演決定!
 平成15年3月15日(土)18:30 16日(日)14:00   

 伊丹市で隔年毎に市民演劇公演として開催される先人顕彰劇は伊丹市にゆかりのある歴史上の人物を顕彰し市民が郷土史を知り地域への愛着と連帯を深める目的に市内の演劇グループの協力と市民参加で公演されています。
 第11作目となる平成14年は「ワシントンの桜物語」が演目となりました。
 芸術文化振興基金や市内企業等の協賛を得て、
いたみホールで開催されました。
(クリック拡大表示)
  原作:村川 直   台本・演出:一杉 忠    制作:増田忠治


平成15年1月10日付読売新聞関西版で紹介
 
先人顕彰劇の練習が始まり3月15日の公演にむけて出演者は東野で直接造園家から接木の手ほどき実習指導を受けたり伊丹弁の読み稽古、また舞台での照明効果やプロジェクターの写真選択そして またパンフへの企業広告依頼、チケット販売準備など年が明けてこれから立ち稽古が始まるなど、それぞれの分野で実行委員会の皆さんや関係者が忙しくなってきました。
 そんな時期に嬉しいことにこの桜の
”ルーツはITAMI”と題して新聞で大きく紹介していただきました。
   
読売新聞関西桜ニュース参照。(右の記事。)

 
皆さんにお伝えしたいことは、東野をはじめ伊丹市の北部から東野に隣接する宝塚市の旧川辺郡長尾村(山本,中山周辺)はいまでも植木産地として名声が高く、その接木技術が今なお東野地区の造園家にも継承され伊丹名産「南京桃」へと受け継がれていることがこの劇を通じで皆さんに知ってほしいところです。
ちょうど公演日頃の3月中旬が南京桃の開花時期です。
 
(右の記事をクリックすれば拡大表示。)
  
丹の特産品「南京桃の紹介ページへ(クリック)

 ●
3月27日は、「さくらの日」
 3月27日といえば、1912年3月27日にポトマック公園で桜の植樹式がされたのですが、3月27日は、「日本さくらの会」が制定した「さくらの日」です。わが国の歴史や文化、風土と深くかかわってきた桜をとおして、日本の自然や文化について、国民の関心を高めるため、平成4年(1992年)3月27日を「さくらの日」と制定されました。
 東京をはじめ、多くの地域では、「さくら」が咲く時期が、3月末であるということ「日本さくらの会」事務局の説明では暦の24節気(せっき)3月20日の春分と4月 5日頃の清明の間をとったとのことです。

2003年のワシントンの桜祭期間は  3月22日(土)-4月7日(月) 
 2003年パレードと桜祭り  開催予定:4月5日(土)
cline.gif (2424 バイト)

州協会全米協議会
  (NCSS --National Conference of State Societies)から寄贈の桜苗が到着!

 
 4月4日に瑞ケ池公園で植樹式を行なう。
  
 州協会全米協議会のページ(クリック)
 
 州協会全米協議会 ワシントンD.C.地域で全米50州及び4統治領の出身議員や関係者から構成される社会活動後援団体組織であり、とくにこれまで桜祭りのスポンサーやさくらの女王選出事業などさまざまなイベントや文化事業を支援することに政党を超えておこなっているNPO組織です。
 毎年桜まつりでは「日本さくらの会」との交流も深く2002年が日本から桜が送られて90周年を迎える年にあたり、、8月末に桜祭りの主催団体でもあるNCSSから日本さくらの会に植樹90周年を記念してワシントン産の桜苗木を当時の関係団体等に贈呈したいとの申し出があった。 この桜苗はNPS(公園管理局)で当時日本から送られたポトマック河畔の「ソメイヨシノ」の実生から培養した苗木が贈呈されることになりました。
  3月の先人顕彰劇等の脚本の検証で史実確認などの照会を契機に
(財)「日本さくらの会」(クリックが伊丹とワシントンの桜の関係を知るところとなり、伊丹市へもこの里帰り桜苗が贈呈されることになりました。
(写真はクリックすれば拡大します。)
 そして伊丹市では 当初2003年3月末までに日本に到着が予定されていたため、「3月27日のさくらの日」に植樹式をする予定していましたが、米国からの輸送手続きの遅れや諸事情で4月4日に伊丹へようやく到着。あいにく当日は雨天でしたがすでに満開の瑞ケ池公園内で関係者により植樹されました。

 4月4日の植樹式は伊丹市国際交流協会の協力により開催。地元関係者が見守る中、伊丹市長の挨拶で始まり続いて全員が土入れを行いました。


植樹式関連記事。
 ・4月4日 毎日新聞(雑記帳) 
 ・4月5日 朝日、産経、神戸新聞の各阪神版。
 ・4月6日 読売新聞
(右の新聞はPDF形式で拡大表示。要アクロバットリーダー
   
*記事拡大画像(JPG)

 暦の上では例年4月4日、5日頃の節気が「清明」
(今年は4月5日)といわれます。清明は春の訪れとなる啓蟄 春分につづく十二支の月干支が辰の日に始まります。
辰は震。成長する緑、そして風や新たな季節の訪れがあたりを震わせます。空気が澄んであたりが清らかに明るく見える清浄明潔を略した言葉。春雨の中、清明にふさわしいすがすがしい植樹式になりました。

これまでにもワシントンの里帰り桜は平成4年に尾崎咢堂(行雄)ゆかりの地、神奈川県津久井に植えられています。(屋根のない博物館HPより。)


上:伊丹市長あいさつ
右:市長と伊丹市国際交流協会  石川会長による土入れ

(クリック拡大)

*植樹場所クリックすれば拡大します。植樹場所
東経135度24分13秒
北緯 34度47分25秒

桜満開の瑞ケ池公園。
2003.4.5.撮影。
 
苗木にはNPS(公園管理局)のID番号8909763が付いている。
 
 今年はイラク戦争の話題に関心が高まっています。、桜木贈呈の91周年を迎えるワシントンの桜祭ではNCSSが後援している桜の女王プログラムが55回目となります。
 その全米各州の代表から選ばれる「桜の女王」に毎年真珠の冠を提供しているミキモト真珠の創業110年とベリー提督が黒船で浦賀に現れ開国を迫ったのが1853年7月8日、翌年日米和親条約を締結。日本が開国して150年にあたる意義ある年のようです。
cline.gif (2424 バイト)
 2004年の桜祭り
ーMacon市の桜まつりー
 
NPSのホームページで紹介されてから、海外からも数通メールがありましたが、特に皆さんに紹介したいのは、このページを見られたジョージア州メーコン市桜祭り実行委員会から桜の品種について問い合わせのメールをいただきました。
 メーコン市はあの有名な映画「風とともに去りぬ」の舞台となった米国南部の都市アトランタの近くで 1977年(昭和52年)に日本の富山県黒部市と姉妹都市関係にあり現地にはYKK吉田工業の工場があります。
 ジョージア州アトランタから南西へ約136km、ビブ群内に位置瑞ヶ池公園内し、面積は138k㎡でギリシャ風の屋敷や教会など多くの歴史的建築が残る南部特有のまちです。 メーコン市内には、約25万本もの桜(ソメイヨシノ)があり、毎年3月には街全体が桜一色に染まります。 今年2004年も3月19日から3月28日まで「桜まつり」(クリック)が開催されます。  余談になりますが、メーコン市の桜まつりのエピソードを紹介(クリックします。
(要約翻訳)
 
この町の不動産業を営む故ウイリアム・フィックリング氏が1949年に裏庭で南部では珍しい見知らぬ花を発見、しかし地域ではだれもこの品種を知りませんでした。のちに彼が仕事で首都ワシントンへ行った際に,桜を見てそれが裏庭のものと同じ品種であることを知り、美しい桜を地域で普及させることに尽力されました。その後70年代になってこの地に引っ越してこられたクレイトン女史もまたその桜の美しさに魅了された一人でした。
 フイックリング氏は彼女と意気投合し500本の桜を寄贈、彼女の思いである桜植樹活動を支援し、この活動が現在の桜祭りのさきがけとなりました。このように市民が中心となって始まったメーコン市の桜まつりは今では南部でも多くの観光客が集まる一大イベントになりました。いまもNPOが中心になって地域をあげたイベントとして「桜祭り」が続いています。

*日本の桜やソメイヨシノについて詳しく紹介されている米国アトランタにある不動産紹介業者Showing247のページ。桜に関する米国内の興味あるサイトが紹介されています。
(このページもリンクされています。)
 http://showing247.com/features/yoshino/(クリック)

*ワシントン桜まつり実行委員会(日本語)ホームページ(クリック)
 2004年の桜まつりは3月27日から4間で開催されます。桜の満開開花予想は3月24日~4月2日とのことです。
 また今年は1854年に神奈川条約が締結されて150周年の記念すべき年になります。
なんとワシントンにあるNational Archives(国立公文書館)では桜祭りが始まる
3月27日から9月6日まで半年間にわたる特別展が開催されます。
 Location: Eighth Street and Constitution Avenue, NW
  For futher information, call (202) 501-5000.、
  Take Metro to the Archives-Navy Mem'l Station (Green/Yellow lines).

 National Archivesはホワイトハウスやスミソニアン博物館など多くの政府施設があるワシントンモール内にあり必ず観光コースで訪れる場所にあります。

 ベリー提督の日記や4カ国語の条約文書の展示があり、日本側にとって、神奈川条約と言われる「日米和親条約」とは何だったのかという史実に興味があって、もしこの間にワシントンへ行かれて特別展を見られた方はぜひメールで感想などいただければ幸いです。

追記:日米交流150周年記念プログラム 2004年4月3日 横浜で開催。

2005年里帰り桜の開花
 2005年は3月から寒さが逆戻りし、例年は4月の1週目に開花するのですが、昨年来の天候不順の影響か今年は全国的に満開時期が遅れて翌週にずれこみました。
 震災10周年を迎えた年でもあり、また今年は伊丹市制施行65周年にあたります。
 一昨年送られてきた桜も花見で賑わう桜の名所、瑞ヶ池公園内で植樹されてから2年目の春に開花し伊丹の地にしっかり根づきました。(2005年4月9日撮影。)
 
 
 2005年のワシントン桜祭りのウエッブサイトにて. 著者Ann McClellan女史の"The Cherry Blossom Festival-Sakura Celebration "の紹介と講演会開催の案内を見つけました。
 さっそくネット注文したところ5日ですぐに入手できました。
(Amazon.co.jpで1908円でした。)
 その内容は桜と日本人の心や桜に関する紹介、このサイトで紹介している日本からの桜苗贈呈の歴史やワシントン桜祭りのことなど多数の写真が掲載され非常に興味深い内容でした。とくに米国内での桜の名所やワシントン以外の都市での桜祭りが紹介されていました。思ったより多くの都市に桜名所があり、みなさんが米国に行かれる機会がありましたらぜひ参考にしてください。

 なおこの本の紹介は下記のサイトにあります。
"TouristArt.com"http://www.touristart.com/CherryBlossom/Book.htm


S
elected Viewing Locations in the U.S.For Japanese Flowering Cherry Trees
 (米国内各地で日本桜の厳選鑑賞場所)

Arnold Arboretum of Harvard University, Jamaica Plain,Massachusetts
Brooklyn Botanic Garden, Brooklyn, New York
Brookside Gardens, Silver Spring, Maryland
The Cornell Plantations, Ithaca, New York
Filoli Center, Woodside, California
The Holden Arboretum, Kirtland, Ohio
Huntington Library, Art Collections, and Botanical Gardens, San Marino, California
Longwood Gardens, Kennett Square, Pennsylvania
Missouri Botanical Garden, Saint Louis, Missouri
Morris Arboretum and Gardens of the University of
Pennsylvania, Philadelphia, Pennsylvania
The Morton Arboretum, Lisle, Illinois
The New York Botanical Garden, Bronx, New York
The Botanic Garden of Smith College, Northampton,Massachusetts
San Francisco Botanical Gardens, San Francisco, California
Tyler Arboretum, Media, Pennsylvania
U.S. National Arboretum, Washington, D.C.
Washington Park Arboretum, Seattle, Washington

Selected Cherry Blossom Festivals Around the U.S.
(米国内での桜祭りが開催される都市)

Brooklyn, New York        Cupertino, California
Denver, Colorado          Honolulu, Hawaii
Macon, Georgia           Monterey Park, California
Pasadena, California        Philadelphia, Pennsylvania
San Francisco, California     Seattle, Washington
Other festivals celebrate fruit-bearing cherry trees, such as the National Cherry Festival, Traverse City, Michigan, held each July.

 2006年春の伊丹市東野地区桜の紹介記事。

 2006年の春は全国的に気候が不順で雨が多く年初来の大雪もあり、気温も4月に入っても上がらずその分長く満開の桜を楽しむことができました。
 例年なら4月中旬には散り始めるのですが、
(左の写真は平成18年4月16日撮影)今年は開花も遅く長く満開の桜が楽しめました。
 里帰り桜も植樹後3年を経過してですっかり成長して花をつけ囲の満開の桜の景観に溶け込んでいます。あと10年も経てば立派な成木となることでしょう。


 また2006年4月14日付毎日新聞記事「地域再見」はんしんeyesで久保武兵衛の曾孫にあたる久保武久氏の桜畑、満開の写真が紹介されました。

 そして大きく伊丹市東野地区、
「ワシントンの桜は伊丹産」
の見出し入りで書かれています。
(記事をクリックすれば拡大表示します。)
 このような記事で紹介されて、伊丹産ということがアピールされそして定着していくことが非常に嬉しいかぎりです。
 
  繰り返しますが、1912年にワシントンに贈った桜3020本のうち約6割の1800本は「ソメイヨシノ」種です。
 学名はPrunus yedoensisでそのyedoensisは「江戸ー東京」を意味することから学名でも日本が原産であることを表しています。
 そして広く知られている桜の名所、奈良の吉野とまぎらわしいので、その名称に東京の染井村をあらわす染井がつけられたと言われています。
 そして今では日本では桜と言えば全国的に普及しているソメイヨシノが挙げられるほど広く知れ渡っています。
 ソメイヨシノ種について

 染井吉野の誕生の地は明らかではないが、世に出たのは東京である。明治10年代には東京の桜の名所も多くはヤマザクラから梁井吉野に替わり、熊谷堤、荒川堤など広く植栽され始めた。小石川植物園(東京都文京区)には、戦災を受けるまでは明治8年植栽の東京で最古の染井吉野があったという。公園や河岸への植栽、そして、鉄道や道路、また、学校や兵舎の建設とともに、全国的に広まっていったようです。
 東京の染井村(現豊島区駒込の一部)から広まった吉野ザクラとして、ソメイヨシノという和名が与えられた。ソメイヨシノは、竹中要の実験によればオオシマザクラとエドヒガンの自然交配種であるとされる。今日全国で最も広く植栽されているサクラだが、明治の初期にはまだめずらしかった。このソメイヨシノにPrunus yedoensisという学名を与えたのは植物学の第二代教授となった松村任三で植物学雑誌一五巻(一九〇一年)に発表されています。


ソメイヨシノの原産地は済州島? 
 60年代中盤以後、韓国内の各地において、大々的に起きた「桜植樹」に在日韓国人と日本人たちが組織的に介入した事実が明らかにされています。これらの桜は巨額を投入して日本の桜の苗木を飛行機で運び、寄贈しただけなく、釜山近くのかっての軍港都市である鎮海(チンヘ)の場合、日本人植物学者らが以後自発的に何回も訪韓して肥料を与えて成長状態を把握するなど真心を注いだことが確認されています。現在韓国内でも多くの桜の名所があり、植栽本数規模が日本よりも大きい所もあるほど桜が親しまれています。  
 *参考:「ある日韓歴史の旅」(著者:竹国友康)

ワシントンの桜について2006年4月11日の朝鮮日報の記事より。
http://blog.chosun.com/blog.log.view.screen?blogId=7259&logId=1029784

記事(一部)を エキサイト翻訳ページで翻訳した結果。

  (機械翻訳のまま無修正につき日本語表現が不正確で誤記表示。)
アメリカワシントンあちこちに咲いている派手な桜の原産地は日本ではなく済州島一般的に日本産桜で知られたワシントン桜を始じめ, 鎭海, 汝矣島などの桜たちが済州山増えた運動がおこっている. 日本が歴史教科書まで歪曲しているというのにもう済州山で確認されてワングボッナムの存在を今度機会に確かに釘を打っておこうという動きだ.西帰浦文化事業会は去る 9日天然記念物第159号に指定されたワングボッナムを複製西帰浦文化事業会会長は “済州は世界唯一のワングボッナム自生地もかかわらずこんな事実がだ”と “桜すれば当然日本を思い浮かぶ認識を破る必要があって広報活動を始めた。(原文ーテキスト写真)

起源の諸説

 江戸時代末期に品種改良して作出された園芸品種が定説である。 なお、園芸家による作出説と、自然交雑したものを、偶然、挿し木によって増やしたという説とがある。
また、小泉源一が1939年に大韓民国の済州島の王桜との類似を指摘して、済州島が自生地であり起源とする説を唱えたが、その後、小泉説に疑問をもった竹中要が、戦後1962年に「ソメイヨシノの合成「遺伝」1962年4月号」 という論文で小泉説から30年後に自らの研究成果をまとめて発表した。
 竹中説はソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの交配によるものであるので、それが自然に発生したものならば染井の植木師の庭と考えるよりも、オオシマザクラは伊豆諸島で進化したものと考えるのが妥当であると 学術的に済州島起源説は否定されました。竹中はこの研究を最後まで続けることが出来ずこの世を去ったが、現在では最新のDNA鑑別法を用いた京都大学の研究グループにより竹中の結論どおりであることが確認されている。

 
参照:東京大学総合研究博物館小石川分館 刊行物データーベース
    ソメイヨシノさくら物語 多摩森林科学園樹木研究室長 横山敏孝

 
つまり原産地は伊豆大島だとする説や韓国の済州島だという説があったが、これらは数回の現地調査ですでに否定されています。

 結論からいえば、ハルラサン(済州島)の桜はソメイヨシノと別物ということであった。

    
オオシマザクラ    + エドヒガン=ソメイヨシノ 
    エイシュウヤマザクラ +
 エドヒガン=ハルラサンの桜(ワンポッナム)

 つまり似ていますが、片親の違う兄弟桜ということになります。

 これらは京大の遺伝学研究所で確認されています。日本だけでなく多くの国で桜が親しまれるのは結構なことですが、やはり菊や桜は日本のシンボルであり、歴史的な経緯はただしく伝えてほしいものです。

追記:

 2009年4月またまた桜の時期になると韓国起源説がネット上に流れているみたいです。もう韓国のキャンペーンもほどほどにしてほしいものです。
 http://killkorea.iza.ne.jp/blog/entry/979502
 
記事のタイトルは
     ワシントン桜の原産地は済州島
     第2次大戦の時に反日感情で伐木危機を李承晩前大統領の努力で維持

 (ワシントン中央日報4月2日の記事)
 記事文中より引用。
 
記事の前半で桜は日本から当初贈られたものと認めながら(省略) だがワシントン桜の花の運命は順調なだけではなかった。 日本の真珠湾空襲で太平洋戦争が勃発して,日本に対する米国民の敵がい心が高まった。 ワシントンの桜の花も皆消える危機に処した。桜の花を生かしたことは李承晩博士であった。 米国で発行した‘国民報’ 1943年4月28日付には“アメリカン大学で開かれた大韓民国臨時政府樹立24周年記念式で李承晩博士が桜を記念植樹した”として“一年前は米内務大臣にワシントン。ポトマック川岸の桜の原産地を日本から韓国に変えることを要請した”という記事が載っている。

 しかし、NPSの桜の歴史のページには戦争当時の桜の歴史には李承晩(イ・スンマン)の記述はなく、以下のとおりです。

1941: December 11, four cherry trees were cut down in suspected retaliation for the Japanese attack against the U.S. Pacific Fleet at Pearl Harbor, Hawaii. The exact reason for the vandalism never was substantiated. In hopes of preventing future damage during the Second World War, the trees were referred to as the "Oriental" flowering cherry trees.

1941年12月11日 4本の木がハワイの太平洋艦隊への真珠湾攻撃に対する報復と思われることで切り倒された。この野蛮行為に対する正確な理由は立証できないが、今後の戦時期間における損害を防ぐことを期待して、これらの木はオリエンタル(東洋)桜木と呼ばれた。


 との内容で説明されており、どこにも李承晩が要望したとか桜木を救ったとかの記述はない。たしかに李承晩が戦時中、日本に敵対する大韓民国臨時政府樹立を標榜し1943年に大韓民国臨時政府樹立を記念してワシントンDCにあるアメリカン大学AUに4本の桜を寄贈した碑があります。 その寄贈した大学のキャンパス内には以下の碑文があります。

  Korean Cherry Trees
These trees uniquely named recognize their origin.Originally planted at this site April 8, 1943 by Shungman Rhee,independence leader and first Korean President and American University President Dr.Paul F.Douglass, as a living symbol to the concern University intellectuals shared for the independence of Korea,oppressed people, and the realization of democracy. 


韓国の桜碑
李承晩がワシントンのアメリカン大学へ1943年4月8日にこの桜木を植樹したことを顕彰する碑のようですが、その苗木の出処やこの碑がどんな経緯でいつ建てられたのか調べてみる必要があります。 (H27.3.20修正)
 

追記-今年もまた韓国のマスコミは桜の話題がにぎやかです。
 韓国の国立山林科学院、ソメイヨシノの苗木9本アメリカの大学への寄付。
 ソメイヨシノのグローバル化国際学術シンポジウム12日開催  2010年04月09日(金)
メディアチェジュより。 (機械翻訳)http://www.mediajeju.com/news/articleView.html?idxno=88429#
 イ・スンマン初代大統領が日帝強制占領期間1943年に大韓民国臨時政府樹立を記念して原産地は韓国であることを強調するために植栽した王桜は外部形態および遺伝子表紙者を活用した分析によって原産地が済州(チェジュ)であることを確認した"と話した。今年8月23日から28日までCOEXで開かれる世界の森林科学大会(第23次IUFRO世界会議)の成功開催のための雰囲気作りのために用意された。
 余談ですが、大韓民国の初代大統領、李承晩(イ・スンマン)氏の銅像が米国ワシントンのアメリカン大学に建てられることになった。アメリカン大は2010年の完工を目指して国際大学院の周辺に造成している韓国式庭園「コリアン・ガーデン」の中に、李承晩氏の銅像を建てることを許可したと発表した。製作・設置費用は有志の在米韓国人らが負担するとしている。

PolA1 遺伝子解析によるサクラの類縁関係 -ソメイヨシノの起源-(PDF)日本育種学会
2007年3月、千葉大学中村郁郎・静岡大学太田智などの研究グループは、核ゲノム中に1組のみ存在するPolA1遺伝子の第19イントロンの遺伝子塩基配列を解析したところ、ソメイヨシノはエドヒガン野生種とは1塩基異なっていたがコマツオトメは同じハプロタイプを含んでおり、ソメイヨシノがコマツオトメのようなエドヒガン系の園芸品種とオオシマザクラとの交配で生み出された可能性が高いと発表した[2][3][4]。中村郁郎らはオオシマザクラと上野公園のコマツオトメを交配し、2008年春に千葉大学園芸学部で5本を鉢に植え、4年または5年後の2012年または2013年にソメイヨシノが再現されると見込んでいる。(Wikipediaより。)
 そろそろ韓国のソメイヨシノ起源説も下火になってほしいものです。

追記:2011.3 ソメイヨシノのDNA分析結果(米国農務省の研究ページ)
  USDA United States Department Of Agriculture Agricultural Research Service (リンク)
この論文の要約内容には以下の記述があります。
(内容は専門学術用語多い。)

 その結論として
、「ソメイヨシノ種と参照される韓国の分類群とは明らかに異なっている。」との内容で以下の記載がされています。

   Therefore, it may be concluded that the Korean taxon currently referred to as P. yedoensis can be considered sufficiently distinct to warrant recognition as a distinct entity.

   研究課題: 遺伝資源について、景観樹木の遺伝資源の評価と情報管理
   場 所:   花卉 育苗研究部
   標 題:   葉緑体DNAとISSR法(DNA鑑定法の一種)による野生ソメイヨシノの特徴分析

*今後韓国のマスコミもソメイヨシノの原産についての主張は意味がなくなるでしょう。
 米国だけでなく日本の研究者もすでにソメイヨシノの起源については発表されています。
   
 日本人、日本文化と植物・ ソメイヨシノの起源について

*ソメイヨシノやはり単一種 DNAでサクラ再分類(2011年3月8日-福井新聞We版)
 
同じ系統に見えるのに別の名前で呼ばれるなど品種に混乱があったサクラについて、森林総合研究所(茨城県つくば市)、国立遺伝学研究所(静岡県三島市)などは8日、DNAの特徴を調べて分類を整理したと発表した。     (中   略)
 発表によると、サクラは野生種を基に室町時代から品種改良が繰り返された。枝を切り取ってほかの株に接ぎ木する方法や、直接土に挿し木をする方法が採られたためDNAの特徴が同じクローンが増えた。ただ、長い年月の間に枝の取り違えが起こって品種が混乱した恐れがあるという。

*追記:王桜について(リンク
ウィキペディアより。(2012.5.15)
 ポトマック川川辺のサクラの標本を採取して遺伝子(DNA)分析を数回行ったところ、ポトマック川のサクラと王桜が同じであると確認されたという。これは韓国国立山林科学院暖帯山林研究所のキム・チャンス博士の研究を主な根拠にしている。キム・チャンスは、日帝強制支配期(韓国併合時代)に日本人が済州島の王桜を改良、のちに大量増殖し、それを3000株アメリカに贈ったものがポトマック川川辺のサクラだと主張している。
 かってES細胞捏造事件で韓国の誇りが地に落ちて大恥をかいたことがありましたが懲りていないようです。
 
 史実は、王桜がはじめて採集されたのが1908年4月で、新種と同定されたのが1912年であるにもかかわらず、その同年3月には日本がアメリカのワシントンに3000本のサクラを贈呈し、さらにニューヨークにもほぼ同数のサクラが贈呈されている。これらのことから、品種改良や増やすにも時間が足りず、キム・チャンスの主張は確実にありえない事を示している。
 米国にはソメイヨシノ以外の品種も贈られており、尾崎がワシントンD.Cに贈ったサクラはソメイヨシノだけでなく12品種の合計3020本だった。

 これらの主張は明らかに捏造や虚報であるのがわかっていても主張する。いわゆる韓国起源論とか韓国起源説といわれるものです。
 通常、韓国の個人・団体などが、他国の文化などの起源・伝播を朝鮮半島に求める根拠不十分で非合理な言説をマスコミなどで流布する韓民族優越主義的な視点で主張されます。
 研究者や文化人が個人的に主張する説から、公的団体が正式に主張する説まで多岐にわたり韓国内ですらほとんど受容されていない説まで様々あります。無視しておけばいいのでしょうが、国民性の違いかもしれませんが、何度も否定されても毎年主張するのか理解できません。嘘も100回言えば真実になるとかいわれますので、やはり桜の事は日本人として放置できないと思うのが大多数の日本人の心情ではないでしょうか。
 ともかく韓国起源説に対しては、真実をもとにしてしっかりと主張ができることが大切です。


 韓国には国花である無窮花(あるいは木槿・日本ではムクゲと呼ばれている。韓国国歌の歌詞の中でも詠われています。なぜ桜よりも国花である無窮花を大切にしないのでしょうか。

 ちなみに 
日本の場合、法定の国花はないが、国民に広く親しまれているサクラと皇室の紋章である菊が事実上の国花となっています。
かって「国旗及び国歌に関する法律」が制定されたことがありましたが
、あえて法律で決めなくても多くの国民に日本のシンボルとして桜は受入れられています。


 
 
「敷島の 大和心を 人問わば 朝日に匂う 山桜花」 本居宣長
 
  *しきしま【敷島・磯城島】
   崇神天皇・欽明天皇の宮のあった大和国(奈良県)磯城郡の地名。   
   大和国の別称。日本国の別称。「敷島の道」(日本古来の道の意から) 和歌の道。

 この和歌と併せて桜の花は日本の武士道の一つの象徴となっていきましたが、桜に関する和歌など古来から多くの歌人によって詠われ親しまれています。
 
 追記:桜に関する私の好きな歌の一つに森山直太朗氏(母親が森山良子)の「さくら」が3月の別れの
   時期にふさわしい歌です。Youtubeより。(リンク)
  
 また平成23年2月に封切された日米合作映画『太平洋の奇跡、フォックスと呼ばれた男』はサイパン島で最後まで抵抗を続けて米軍を翻弄し続けた大場大尉の実話物語だから無理なく心から感動する。
 最後の場面で米軍に投降する場面で大場隊兵士全員が整然と凛々しく行進しながら降伏場所に行くところは見ていて思わず涙ぐみました。
 行進しながら大声で唄う軍歌は「歩兵の本領」
(クリック)という歌です。その歌詞の中に「桜」がでてきます。

 映画「太平洋の奇跡」紹介ビデオ。YouTubeより。(クリック)
 
 
「万朶(ばんだ)の桜か襟(えり)の色 花は吉野に嵐吹く 
   大和男子(やまとおのこ)と生まれなば 散兵戦(さんぺいせん)の花と散れ」

  
 特攻隊員の「同期の桜」といい、確かにわずかの開花時期をすぎ散っていく桜への日本人の想いを過去に為政者はナショナリズム高揚と戦争遂行に利用したかもしれません。

 しかしそれはどこの国でも自国が戦時下にあるときは国民の求心力を高め鼓舞して国難を乗り切るためには当然することでしょう。 まして世界の多くの国々では平常時であっても国家的な行事だけでなく愛国心を鼓舞するような施策がとられています。
 米国でも戦時中に盛んにラジオ等で流していたし、今も国民的なセレモニーやイベントで機会があるごとに国歌とともによく歌われる「God bless America」や、私も好きな歌の一つで、東京ディズニーランドでも聞ける「America the beautiful」など米国民ならだれもが知っている国民愛唱歌があります。
 
日本人の心、「桜」。一年のうちに咲くのが、数週間。 激しく咲いてそして散っていく。それが日本の美意識を刺激して止まない。新渡戸稲造は、「武士道の象徴は桜の花だ」としている。

新渡戸稲造著
『武士道』に、こんなことが書かれている。
 
「私たち日本人のサクラを好む心情は、それがわが国固有の産物である、という理由によるものではない。
 サクラの花の美しさには気品があること、そしてまた、優雅であることが、他のどの花よりも『私たち日本人の美的感覚に訴えるのである。
  私たちはヨーロッパ人とバラの花を愛(め)でる心情をわかち合うことはできない。
 バラには桜花のもつ純真さが欠けている。それのみならず、バラは、その甘美さの陰にとげを隠している。バラの花はいつとはなく散り果てるよりも、枝についたまま朽ち果てることを好むかのようである。その生への執着は死を厭(いと)い、恐れているようでもある。しかもこの花はあでやかな色合いや、濃厚な香りがある。これらはすべて日本の桜にはない特性である」


  西洋人がバラを愛するように、日本人は桜に対して特別な感情を持っている。

 桜は事実上の国花であり、桜には日本人特有の美意識が反映されている。 桜と西洋人の好きなバラを対比し、「薔薇は花の色も香りも濃厚で、美しいけれど、棘をかくしている。
 なかなか散らず、死を嫌い恐れるかのように、茎にしがみついたまま色褪せて枯れていく。」しかし、桜の花は、「香りは淡く人を飽きさせる事なく、自然の召すまま風が吹けば潔く散る。」これこそが、日本の大和心の象徴だとしているのでしょう。

 「さくら」ということばの意味はどこからきたのか語源についてはいろいろな説がある。古事記にも登場し、神社の祭神としてしばしば名前を聞く木花開耶姫(このはなさくやひめ)の「サクヤ」からきたという説。
 麗(うら)らかに咲くという意味の「咲麗(さきうら)」からきているという説。咲く花の総称である「咲(さ)くらむ」からきたのだという説。いろいろとあります。
 

 英語でもCherryが本来の意味は果実の「さくらんぼ」ですからFlowering Cherry tree とていねいに表現しているページもあり、首都で開催の「桜まつり」はNCBF(National Cherry Blossom Festival)と表記されBlossom(花)が入っています。
 日本の桜はcherry tree またはCherry blossomと各々表現されていますが、むしろ来年はワシントンの桜が100周年を迎える機会に
原語の”SAKURA"がそのまま普及すればKARAOKE(カラオケ)のようにより一層日本文化のオリジナリティが主張できるのではないかとおもいます。

 平成23年 3月11日に発生した未曾有の大地震の名称が4月1日になって政府が正式名として
「東日本大震災」と決めたとのことですが、その名称は記憶にとどめる上で大切です。あらためて日本列島を東西に二分する広範な大災害だったことをイメージします。
 地震に続いて起こった津波はそのまま海外のマスコミでは以前2004年のインドネシアの時と同様に"TSUNAMI”と報道されています。
  あえて英語でtidal waveというよりも日本語の
TSUNAMIの方が読者に強烈な印象があるのかも知れません。日本から贈られた桜が最初に植樹されたTidal basinの語源もポトマック川の潮位調整池から来ています。
 
  米国のNPS(国立公園局)のワシントンD.C.の桜の歴史のページの冒頭において
flowering cherry tree または Sakura と英語表現と日本語表現SAKURAが併記されて以下の通り説明されています。
  ちなみにNPSの桜の歴史を解説しているページは公式な文献として多くの桜に関するページで引用されております。この中に前述のとおり兵庫県伊丹市の記述が出てきます。
 
 History of the Cherry Trees in Washington, D.C.
「ワシントンD.C.の桜の歴史」の冒頭ページより引用
 
The plantings of cherry trees originated in 1912 as gift of friendship to the United States from the people of Japan.
In Japan the
flowering cherry tree or "Sakura", as it is called by the Japanese people, is one of the most exalted flowering plants. The beauty of the cherry blossom is a potent symbol equated with evanescence of human life and epitomizes the transformations Japanese Culture has undergone through the ages.
桜の植栽は1912年に日本から米国への友好の贈り物となったのが始まりです。
日本では
桜花またはサクラは日本人にもっとも賞賛される花の一つです。桜の美しさは人の命のはかなさとしてたとえられまた時代を超えて日本文化のかたちを変えた典型的な象徴としてみなされています。
(仮翻訳)



「東野よいとこ、苗どころ」東野賛歌が郷土に愛着をもつ地元造園家が制作。
 伊丹市東野在住で造園業を営まれている小西厚生氏が地元で伝わる梅・南京桃、果樹苗作りの振興と地元特産品に誇りを持って地域の愛着を深めるために東野賛歌(6番)を作られましたので紹介いたします。   
 
   東野賛歌 

1.我等のふるさと東野は    
  香り漂う梅の里
  梅の東野人そ知る 
  枝のウグイス大はしゃぎ
  永久(とわ)に伝えん
  我等の誇り
  東野よいとこ苗どころ

    (省 略)

3.
緑ヶ丘の新名所    
  我等が育てた 梅林は
  見渡す限り 花の海
  琴の音なごむ 野点
の会
  花を愛でつつ かわす酒
  東野よいとこ 苗どころ

   (省 略)

6.海を隔てたポトマック  
  春爛漫の桜の並木
  日米親善かけ橋は
  東野生まれの贈り物
  永く伝えん日本の名花
  東野よいとこ苗どころ

   
   (作詞 小西厚生)
 
 
2006年4月16日付朝日新聞阪神版 瑞ヶ池公園の桜が紹介される。
 ワシントンの里帰り桜を植樹した瑞ヶ池(ズガイケ)公園の桜を育て守ってきた「瑞ヶ池公園の桜を育てる会」が発足20周年を迎え、会の事務局がある公園北側の三菱電機北伊丹製作所で祝う会が開かれました。
 桜を育てる会は86年に久保武兵衛の孫にあたる久保武茂氏が話を持ちかけたのがきっかけで、製作所の従業員24人で結成されました。 
 こよなく桜を愛する会員の皆さんが瑞ヶ池周辺に植えられている約600本の桜を剪定したり施肥をするなど熱心に手入れを続けてこられ、今では瑞ヶ池公園が市内有数の桜の名所として市民に定着しています。

 (右の記事をクリックすれば拡大表示します。)


 2007年春の里帰り桜 4月1日現在 

 1912年に日本から桜が送られてから2007年の今年はちょうど95周年を迎えます。米国でも1月は気候が不順で2月には早咲き種の桜が咲くなど日本同様暖冬となり開花予測をめぐって桜祭り関係者をやきもきさせていました。日本でも同様に暖冬でもう3月中旬には満開になるようなことが言われていましたが自然はよくしたもので3月には「寒の戻り」で不安定な気候になり、この冬まったく雪を見なかった東京でも4月に入って雪が降る異常気象ですが、それでも全国各地では例年通りの開花となりました。
(写真は4月1日)
 しかし4月1日には市内各所の桜はほとんど開花して何とか花見が楽しめたのですが、なぜか瑞ヶ池の里帰り桜は開花が遅れています。
 4月3日の日経新聞では桜祭りが開催されているワシントンの桜は満開でオノ・ヨーコさん(ビートルズのメンバーだった故ジョン・レノン夫人)が桜の木に「願いの短冊」をつけている記事(日経4月3日夕刊16面)が紹介されています。
 ワシントンポスト(07.4.2付)の記事にも
「Yoko Ono's Peaceful Message Takes Root」(”オノ・ヨーコの平和メッセージが根づく”)の見出しで、すでに日本で紹介されている彼女の”Imagine Peace”のキャンペーンとして最初に桜が植えられたタイダル貯水池にあるジェファーソン記念館前で”Wish Tree-願いの木”セレモニーが行われ、ご本人が鉢植えの桜に平和の願いを書いた短冊などをつけました。
ちなみに記事によると彼女が短冊に書いた願いは
”The cherry blossoms in Washington D.C. will always bring beauty + peace to this city. So be it. y.o."07"”です。ほんとに願いどおりに桜とともに平和を運んでほしいものです。
これらの桜は祭りの期間中4月15日まで設置され訪問者もそれぞれの願の短冊をつけることができます。予定では桜はその後市内の3ヶ所の施設等へ移植され、願いの短冊は集められアイスランドで建設予定の
Imagine Peace Towerヘ納める予定とのこと。
cline.gif (2424 バイト)

2007年4月のワシントンの桜

 このページの作成にあたり
参考にさせていただきました資料で平成9年3月地域研究「いたみ」第26号の執筆者である郷土史研究グループぐりんぷすの内堀睦夫氏ご夫妻が今年4月上旬から観光ツアーでワシントンDCを訪問されました。そして1912年に最初の植樹式が行われた場所(石碑)があるタイダル貯水池周辺の桜の原木の写真をいただきました。デジカメの撮影日付は4月9日午後5:00頃の写真ですが、 さすがに100年近い歳月を経て樹木も老木化しています。また石灯籠は戦後日本から贈られたものですが裏の記載内容が撮影されていますが判読不能で拡大してもよくわかりません。恒例の桜祭りはこの石灯ろうの火入れで始まる慣わしです。

 この石灯ろうについて調べてみると、1954(昭和29年)3月30日に、日本の井口貞夫大使
(ウイキベディア)がワシントン市に1854年3月31日に横浜でペリー提督によって締結された最初の日米和親条約締結100周年を記念して300年前の日本の石灯ろうを贈られたもので、御影石の灯ろうは8フィートで重さは20トン。また灯ろうの火入れ式によって例年の桜祭り公式開会セレモニーとなります。(NPSの桜の歴史のページより引用。)

   
 石灯籠の拡大(正面・裏面)
今年の石灯ろう点火セレモニー
 
桜祭りの始まりを告げる点火式は毎年全米各州から選ばれる桜の女王も列席して行われます。
 写真はフロリダ州オーランドからアメリカ人のご主人とともにバージニア州に引越された「フロリダケリーのバージニア新生活」4月8日のブロッグページより引用させていただきました。

2007桜祭りの紹介動画(日米協会)-YouTubeより引用。


cline.gif (2424 バイト)

2008年 桜の話題 - 武兵衛梅が紹介される。 
        瑞ケ池公園のワシントンの桜は植樹されてから早いもので5年目の春をむかえました。いまではすっかり成木し周囲の桜と違和感なく周囲の景観に溶け込んでいます。
 思ったより桜の木の成長がこれほどまでに早いことに驚きました。とりわけ植樹された公園内の場所は行楽場所として絶好の広場で、シーズン中には連日花見を楽しむ市民で溢れており撮影したのが満開を迎えた4月最初の週末であったので多くの人でにぎやかでした。
 今年は開花が例年になく早いのかなと思っていたのですが、寒の戻りがあり、やはり季節はよくしたもので本格的な見ごろとなる満開は4月に入ってからになりました。
(クリック拡大表示。写真は4月5日)


伊丹市東野地区で生産されている盆栽梅の紹介記事がありました。

 「明治期に日米友好の証しとして贈られたワシントン市、ポトマック河畔の桜並木の苗木を生産した兵庫県伊丹市の農家・久保武兵衛さんの孫が、梅の鉢物に祖父の名前を冠して「武兵衛梅」として売り出す。
 古くから受け継がれてきた高い栽培技術で、日本を代表して桜を生産した祖父の名前でアピールしたい考えだ。昨年末に園芸店でテスト販売したところ好評で、正月商材として、今年末から本格的に販売することを決めた。」

 梅の鉢物を販売するのは伊丹市東野の「久保精果園」の久保勝平さん(70)。
(平成20年1月22日 日本農業新聞(近畿版)より。)
 新聞記事でのワシントンへの桜苗木の歴史的な搬送経緯の説明には多少誤記がありますが、植木の苗どころ東野の特産品として南京桃だけでなく盆栽梅もあることが紹介されています。
 新聞記事を拡大表示(クリック)

日米協会の桜まつり紹介のページ(動画で桜まつりの紹介があります。クリック)

州協会全米協議会(NCSS)の桜まつり(桜の女王)のブロッグ(リンク)

2009年春 桜の話題
 4月8日のNHK大阪放送局午後6:30のニューステラスで5年目を迎え見事に咲いた瑞ヶ池公園の里帰り桜の紹介と久保武兵衛氏の曾孫にあたる久保武久氏親子の紹介がありました。
 また静岡県が今年1月に「桜で彩る富士の景観づくり構想」を策定したことを機に静岡県と静岡市が第61代桜の女王となり日本訪問中のデュランさんを招聘され、静岡市清水区興津の旧農事試験場と清水区興津の清水清見潟公園も訪れ薄寒桜3本を植樹しました。
 静岡市役所公園計画課から照会があり,その内容は今年2009年5月7日に桜の女王が静岡市を表敬訪問されるとのことで、興津(清水市ではなく静岡市になりました。)の果樹研究所での植樹式にも出席するとのことで市民広報のための資料「日米友好の桜誕生の地・興津」の冊子を作成されています。

   
    
   
   写真:山口昭氏および静岡市ホームページより引用。           
追記:2010.8
 
江北の五色桜-荒川堤の桜ガイドブック-」でこのページが紹介されました。

東京のNPO法人五色桜の会代表大久保美智子氏から、平成18年度に足立区まちづくり公社から「江北村の歴史を伝える会」・浅香孝子代表が公益信託の助成を受けて発行されたガイドブックをいただきました。
                    
この冊子は伊丹市立図書館に寄贈(リンク)
 第5章五色桜物語の解説でこのホームページから引用されて東野村が紹介されています。「江北の五色桜-荒川堤の桜ガイドブック-」は、A4版カラー刷り全191ページ。で会員達が区内の公園に咲いている桜を撮り貯め、いろいろな資料を調べ、また荒川堤の桜と縁のある桜の写真が品種や植栽距離を非常にわかりやすくすばらしい内容の冊子です。

 五色桜は明治19年(1886年)、江北村(現在の足立区江北付近)では、荒川(現在の隅田川)の堤防の改修工事にあたり、堤防の補強などを目的として、78品種3000本以上の桜を植樹しました。当時、染井村の桜専門の植木業者が、あまり根が張らず、樹高も高くならないサトザクラを移植したそうです。
それらのサトザクラは、白あり紅色あり黄色あり紫ありで、あたかも五色の雲がたなびくように見えたために五色桜と呼ばれ、花の時期にはたくさんの人が集まる桜の名所になりました。五色桜は「一本の桜の木に五色の色がついた桜が咲く訳ではありません」その由来は「荒川堤の桜は五彩にたなびく雲のように美しい。五つの色のように色々な色が遠くから見ると雲のように霞のように大変美しい桜だ」と新聞記事で表現されたことから「五色桜」と言われています。

 またNPO法人「五色桜の会」・大久保美智子代表。は五色桜のもとで、出会いを楽しみ、ともに学び、歌い、語り合おう。という目的でNPOを立ち上げ五色桜に関する歌や講談などを通じ「五色桜の物語」を「足立の宝」として、次の世代に伝えていくための事業活動をされています。
 このように東京都足立区では多くの団体が五色桜を郷土の誇りとして様々な活動されています。

追記:2011.3 
 ニューヨークに桜を咲かせた男・高峰譲吉の伝記映画!「さくら さくら」日米同時公開決定!石川、富山とロサンゼルス! - goo 映画
 
今年2011年は、キューリー夫人のノーベル化学賞受賞から100年目に当たる2011年を「世界化学年」(International Year of Chemistry:IYC2011)とすることを決めました。これは日本学術会議化学委員会が国際純正・応用化学連合(IUPAC)からの呼びかけに賛同し、化学委員会IUPAC分科会と共に、我が国が共同提案国として国際連合教育科学文化機関(UNESCO)に働きかけ実現したものです。

 
桜にちなんだ化学者と言えばアドレナリンの結晶化を世界で初めて成功させるなど数々の功績を残した化学者・高峰譲吉が日米友好のシンボルとしてアメリカに桜を植樹する姿を追った映画『TAKAMINE アメリカに桜を咲かせた男』が4月9日より石川県・富山県で先行上映され、現地時間10日はアメリカ・ロサンゼルスで上映されることが明らかになった。アメリカに桜が植樹されて100年という節目の年である2012年を前にしての全国公開も予定されている。
 本作は3月5日より公開される、同じく高峰の生涯を題材に採った映画『さくら、さくら -サムライ化学者 高峰譲吉の生涯-』の姉妹編として企画がスタート。世界的な化学者としての業績、そしてアメリカ人の妻との関係を中心に据えた『さくら、さくら』対して、本作では高峰が民間外交においても多くの功績を残していることに着目。桜をアメリカに植樹したというエピソードをメインに、し、実業家として側面を描くこととなった。くしくも、来年2012年は高峰がアメリカに桜を植樹してから100年の節目の年。そのような背景も本作の公開を後押ししたのかもしれない。

   映画「さくら さくら」予告編(Youtubeより。) 
 
 今後の上映予定
東京:『銀座シネパトス』3月5日〜
山形:『MOVIE ON やまがた』3月26日〜
愛知:『ゴールド劇場』4月9日〜22日
群馬:『イオンシネマ高崎』4月23日〜
北海道:『ディノスシネマズ札幌劇場』4月30日〜5月13日
京都:『MOVIX京都』5月21日〜
大阪:『なんばパークスシネマ』5月21日〜
福岡:『ソラリアシネマ』6月
 
 第2作目
映画『TAKAMINE ~アメリカに桜を咲かせた男~』
予告編(Youtubeより。)


 2011年上映場所
東京 有楽町スバル座 5/28
シネリーブル梅田    5/29
ユナイテッドシネマ福岡 5/28
シネ・リーブル神戸    6/4
名古屋ピカデリー  6/18
豊川コロナ     6/18
安城コロナ     6/18
小牧コロナ     6/18
大垣コロナ     7/9

 

映画「TAKAMINE」
 プロモーションビデオ
(Youtubeより。)
主題歌「sakura sakura幸せの架け橋 白井貴子


  追記:20116.3 
 今回の映画「さくらさくら」「TAKAMINE」を企画・監督されました市川徹監督が6月4日に神戸での上映を前にワシントンの桜にゆかりの深い伊丹市を訪問されました。
 市川監督にお会いして映画撮影のエピソードや日米友好の桜寄贈100周年にむけて各地でワシントン里帰り桜の植樹イベント等が予定されていること。また主題歌「さくらさくら」の評判が高いことなどお聞きできました。震災復興に向けて、Try,Try again!!
 映画制作での歴史検証はじめ適切なロケ地の選定など現場でのエピソードなと楽しく聞かせていただきました。個人的な感想としては、特に第2作のTAKAMINEにおいて当時の歴史上の人物が多く登場し、明治の激動の時代に高峰博士はじめこれら多くの先人が使命感をもって日本の発展に寄与する物語に大いに感動しました。
  昨年2010年の桜まつり関連のYoutube映像より。

   

Cherry Blossom Festival Washington DC

ワシントンD.C.の桜まつりについて
桜まつりとタイダル貯水池の桜につ
いて歴史的な経緯の解説。
 *右下の設定マークをクリックして字幕
  表示(英語自動)に変更できます。


ワシントンの桜、日本に「帰国」来年の寄贈100周年を記念  2011.3.10 産経ニュース(Web版)
 米国立公園局は9日、1912年に日本から贈られ、首都ワシントンの名所となっているポトマック川沿いの桜から接ぎ穂144本をとり、日本に贈ると発表した。来年が寄贈100周年となることを記念し、日米友好の印として桜の「帰国」を決めた。 接ぎ穂は「日本さくらの会」が受け取り、日本の桜に接ぎ木される。52年、81~82年にも米側の桜が日本側に贈られたという。
 ・また在米日本大使館(クリックでは、100周年に向けた大型日本文化事業のプレス発表がされています。
 ・タイダル・ベイスン景観整備  ・大型日本文化事業
 ・全米桜植樹プロジェクト    ・日本語教育・文化の振興、シンクタンク支援
  ※事業詳細はこちら(PPT)をご覧下さい。

3月26日の米国CBSニュース(動画The National Cherry Blossom Festival
 桜の歴史とともに今年の桜まつりは震災義援金の募金呼びかけをすることがが紹介されています。

日米友好の桜ウォークの開催 4月9日
    
4月9日午後から瑞ヶ池公園にある平成15年に贈られた里帰り桜ならびに市内たんたん小道(昆陽池公園と瑞ヶ池公園を結ぶ遊歩道)に植栽された多種類の桜を鑑賞と東野地区での久保武久氏の苗木圃場でご本人から1912年に米国に贈られた桜の種類についての解説ならびに東野福祉会館での接木の説明を聞きました。
 前日の雨天で当日天気が心配されましたが、ちょうど満開の時期となり予定の参加者を超える約80名の参加者桜の鑑賞とともに台木つくり実演や桜の解説に満喫しました。
 
桜ウォークのコース
 昆陽池公園ーたんたん小道ー瑞ヶ池公園(日米友好の桜)ー公園西側桜並木ー瑞ヶ池北岸ー久保武久氏苗木圃場(鬼貫句碑)ー児島晴海碑ー東野福祉会館(接木実演)
写真はクリック拡大表示。
     
 スワンホールに集合  昆陽池公園での解説  瑞ヶ池公園北側から
     
 久保武久氏の解説  東野福祉会館での説明会  接木の実演
Youtubeに掲載の日米友好の桜ウォーク
  (4月10日ベイコミュニケーションの地域情報番組。「ほっとネットベイコム」より。)
 


桜まつりパレードを見よう!!
4月9日の桜まつりパレードのビデオDVDを35ドルで買えます。見本は4月末まで公開中。
The National Cherry Blossom Festival Parade® stepped off on April 9, 2011 along Constitution Avenue, NW for 10 blocks of pop acts, giant helium balloons, 13 marching bands from across the country, elaborate floats, and so much more.  Order your DVD copy of the show in its entirety for just $35.00, inclusive of tax and shipping. Please contact Jeffrey Harvey with Federal News Service at 202-216-2805 or via e-mail at jeff.harvey@fednews.com. You can also watch the Parade online at TBD.com through the end of April.
 ・見本ビデオ上映(クリック
NPSのCherry Blossom Festival 最新ページ http://www.nps.gov/cherry/index.htm
  ジェファーソン記念館から現在の定点カメラや開花時期、桜の写真、ビデオによる桜の管理や桜まつりのマルチメディアビデオが見れます。
      時差 日本UTC+9 ワシントン UTC-5(UTC世界標準時間。) 
NPSの開花予想のページ http://www.nps.gov/cherry/cherry-blossom-bloom.htm
平均的な満開時期は4月4日ですが、2011年の満開は3月29日、見頃期間は3月26日から4月7日でした。


伊丹市は震災被災地へ里帰り桜を贈る予定。(6.27毎日記事,7.7産経記事)
   
 
伊丹市は防災協定を結ぶ宮城県名取市、岩沼市に復興への長い道のりを歩む被災地への励ましをこめて、復興のシンボルとして日米友好の桜の子孫樹を送ることを決めました。



日米友好の桜寄贈100周年記念事業実行委員会が伊丹市で設立される。

 実行委員会の会則2条には会の目的として、 

本会は,1912年に日米有効の桜が、日本から米国に寄贈され、平成24年(2012年)に、寄贈100周年を迎えにあたり、日米両国間の友好をさらに進めるとともに、当時の台木づくりの物語を振り返り、伊丹の歴史と産業、文化を市内外にアピールするため、伊丹市民の参画と協働のもとに、記念行事を行うことを目的とする。

となっており、 平成23年、24年度にわたり様々な関連事業 が予定されています。

        
         ベイコミュニケーションの地域情報番組。


日米友好の桜寄贈100周年

 2012年は日米友好桜寄贈1000周年を迎える年になり様々なイベントが桜に関係する全国各地で様々なイベントが予定されました。
 伊丹市では1911年4月から様々な関連事業が日米友好の桜寄贈100周年事業実行委員会(リンク)を設置して前年度から引続いて「ワシントンの桜は伊丹産」をイベント実施の機会があるたびに顕彰し「伊丹桜物語」(リンク)のリーフレットとロゴ入り缶バッチの配布が行われました。
 すでに実行委員会では3月から地元の伊丹、尼崎各市内の郵便局でも記念切手を発行しておりましたが、桜の日にあたる3月27日には記念切手も発売され、また伊丹市内では駐大阪・神戸米国総領事をお招ねきして100周年の記念式典を開催しました。伊丹にゆかりのあるおなじみの朝日放送の道上洋三氏や俳人坪内稔典氏の記念対談トークも盛り上がりました。
(クリック拡大表示)
 伊丹・尼崎各局で発行  JP発行の記念切手  3月27日の記念式典  24年度の事業予定

在アメリカ合衆国日本国大使館のページ
 

 
(クリック)
今年のさくら祭りイベントカレンダーなど 
 
2012年(平成24年)は、日本より米国に桜が寄贈されてから100周年にあたります。 1912年にワシントンに植樹された桜の木は、一世紀にわたり日米友好親善の象徴として毎年咲き誇っています。
 藤崎駐米大使も「桜と外交官-ワシントンの桜100年によせて」と題して3月15日付インターネット版47トピックス上で、桜の寄贈にあたってこれまでに関わってこられた多くの外交官や寄贈の経緯など非常に興味のある内容の記事を寄稿されています。(2012.3.15 47トピックスより。)

 日本大使館のページより。-全米桜植樹プロジェクトとして米国の多くの都市に新たに桜を植樹し、全米規模の展開をする。(全米桜植樹initiative(植樹都市-PDF))

日米の子どもたちによる国際交流絵画展への協力  
  2012年は日米友好桜寄贈100周年を迎える年になり様々なイベントが伊丹市だけでなく桜に関係する全国各地で様々なイベントが予定されました。NPSの呼びかけで桜まつりの期間に日米児童(7歳から12歳)による児童画展が日米同時開催されました。このホームページの縁で日本では三鷹市の市民有志が中心となって作品の応募をよびかけられていましたので、伊丹市からは市内のボーイスカウト隊員によびかけ17点の出展協力をいただきました。 全国から500点以上の作品が集まりすべて電子ファイル化して米国へ送られました。 
   

   
 
 NPSのページへ(リンク)
         
 Friendship Mural(友情の壁画)会場
(ジェファーソン記念館前)

 

   国際交流絵画展(三鷹市市民協働センター)
         
日米友好の桜寄贈100周年事業伊丹桜物語ツアーのワシントンD.C.・ニューヨーク訪問
  伊丹市から友好の桜が送られて100周年の記念すべき年にあたり実行委員会として当初は、里帰り桜の子孫苗をさくら祭の時期に現地で植樹できればということをk市民団の訪問と併せて実施したい。との意向で計画しておりました。
 しかしながら植物検疫等の諸問題があり子孫苗の持込が出来ないため断念し、最終的に桜物語ツアーとして名鉄観光(株)の募集型企画旅行として実施しました。
 
 現地でのツアー名を”Itami Sakura Tour”として特に首都を訪れる観光者や訪問先で実行委員会発行のパンフや現地で伊丹PR用として"Itami city, Home of the gifted flowering cherry trees"入りロゴを使用した右の缶バッチを今回募集の旅行業者の協力により作成し伊丹市と桜をアピールしました。

 参加人数は最終的に18名の参加となりましたが伊丹空港からの出発・帰国・成田直行便のゆったりとした行程の充実したツアーでした。

 さくら祭り最大のイベントである14日のパレードとストリートフェスティバルには日本からも東京都知事はじめ、桜に縁のある全国各市から見学団が多数来られていました。

  今年は予想より開花が早く、すでに3月下旬に現地では桜が満開となりました。100周年ということでA Once in a Lifetime Celebration. (生涯で一度のお祝)というパンフの記述に主催者の意気込みを感じました。

 例年ならは2週間開催される桜祭りですが、5週間に期間を延長して3月20日から4月27日まで開催されました。
 期間中は様々な桜祭りの関連イベントが毎日企画されており、14日のパレード参観者全員に記念冊子や資料を配布していました。


 ワシントン市内の博物館や、国会図書館、その他のホールな多くの公共施設でも桜にちなんだ催しが開催されました。

  *ワシントンD.C.桜まつりツアー 訪問記






  

100周年の桜の植樹式ー2012年ワシントンD.C.桜のプリンセス一行を迎えて里帰り桜の植樹

 今回100周年を記念して里帰り桜が日本さくらの会へ穂木として贈られており、その里帰り桜を植樹するために今年のワシントンD.C.桜のプリンセス一行をお迎えして植樹式を実施することになりました。

 植樹場所は90周年に米国から贈られた里帰り桜がある市内瑞ヶ池公園で5月16日に五月晴れの汗ばむ陽気の中で植樹を行い、また翌日17日には今年7月に開館予定の新図書館「ことば蔵」の敷地内に植樹をするため、一般開館日前に新図書館で植樹式が行われました。
 植樹式にご臨席いただいた来賓。
    ・ワシントンD.C桜のプリンセス     メリッサ・ユーセフさん  (Melissa Joseph)
    ・NCSS会長(州協会全米協議会)    ウイリアム・クリスチャン(William Christian)
    ・第24代日本さくらの女王        小林 千織さん
    ・シャペロン(プリンセスの付添人)   玉垣裕美子さん(元日本桜の女王)
    ・大阪・神戸米国総領事          パトリック J.リネハン (Patrick J. Linehan)


 (拡大表示は写真をクリックしてください。)
 さくらの女王、プリンセス、玉垣さん、クリスチャン会長、カゴで保護の苗木は先月植樹の孫桜 宮崎光一会長、日本さくらの女王、ワシントンD.C.桜のプリンセス、クリスチャン会長  植樹準備でお世話になった東野農会の皆さんと一緒に桜の前で記念撮影。
 
 瑞ヶ池公園内には成木した90周年の里帰り桜と昨年その成木から穂木を採取して育苗した孫桜、そして今回は桜寄贈100周年を記念して昨年米国より原木から採取した穂木が日本さくらの会を通じて贈られ埼玉県で接木育苗されてきました苗木(子桜)が今回寄贈桜のゆかりの地である伊丹や金沢、静岡など全国各地へ贈られました。
 これで瑞ヶ池公園にはワシントンへ贈られたゆかりの桜のシンボルとして3本揃いました。
 ちょうど今年の7月に開館する新図書館「ことば蔵」にも同様に翌日桜が植樹されこの日は報道関係者の取材もあり盛大に行われました。
 新図書館内のセレモニー会場には苗木の準備をいただいた地元の東野農会の皆さんはじめ、日米友好の桜寄贈100周年事業実行委員会委員、今回ワシントンの桜まつりのツアーに参加された皆さんも参列し午前10時にはじまりました。
 場内に桜の生花と両国旗が置かれたセレモニー会場では市長、NCSSクリスチャン会長のご挨拶をいただきました。
  またワシントンD.C.の桜のプリンセスメリッサさんは挨拶の後で、得意の「アメージング・グレース」の独唱で場内は盛り上がりました。その後、会場から中庭に出て2本の植樹を行いました。
 
植樹式セレモニー会場 藤原伊丹市長の挨拶   桜プリンセスの「AmazingGrace」独唱
     
  NCSS会長の挨拶   植樹(議長・副議長ほか)  植樹(総領事・市長・女王・委員長・久保)
   
 プリンセス・女王・NCSS会長・総領事   全員で記念写真   (右)伊丹の子孫苗、(左)里帰り苗木
     
 桜のプリンセスと吉井議長
 2012桜祭り見学団参加の皆さん  伊丹大使(半井小絵)と記念写真
  5月17日 NHKニュース(Youtubeより。)
        

   日米桜寄贈100周年 静岡県静岡市      足立区:日米桜寄贈100周年記念式典
   


2012年Japan Bowl優勝者6名の日本旅行で伊丹市を訪問。
 市立伊丹高校生とのなぎなた体験などの市内の家庭ででホームステイ体験をする。
    
     

Japan Bowl 2012: Winners' Trip Slideshow (Youtubeより。)
 


米国から寄贈の返礼ハナミズキの植樹 2013年3月

 すでにハナミズキについてはこのサイトで紹介しておりますが、1912年に当時の東京市からアメリカワシントンD.C.へ桜(ソメイヨシノ)を贈られた際、1915年にその返礼として米国から贈られたのが始まりです。 
 当初は「アメリカヤマボウシ」と呼ばれていましたが、日本のミズキの花よりも美しいということから「ハナミズキ」の名で普及したようです。
英名は【Dog Wood】でありますが、これはハナミズキの皮の煮汁で犬のノミ退治を行ったことによります。樹皮や根皮を用い、整腸や強壮に用いることがありました。

 昨年4月30日にワシントンに初めての公式の訪問された野田前総理大臣にヒラリークリントン長官から夕食会のスピーチで3000本のハナミズキを日本に贈るとの発表がありました。
その内容は米国国務省の外交活動のページで紹介されています。http://www.state.gov/secretary/rm/2012/04/188987.htm

 ヒラリークリントン長官のスピーチより。(Vide Link ビデオ表示。リンク)
 There is no better symbol of our enduring friendship than the cherry blossoms that have been announcing the arrival of springtime in Washington for 100 years.One hundred years ago, the United States received 3,000 cherry trees as a gift of friendship from the Japanese people. 
  Tonight, I am pleased to announce a gift of 3,000 dogwood trees for the people of Japan from the American people. (Applause.)
 Prime Minister, this gift is commemorated by the plaque behind us, and we hope that these dogwood trees in Japan will, like the cherry trees here, serve as a symbol of the strong relationship and friendship between our countries.

 この二国間の友情をこれほど象徴しているものはありません。それは、日本からの三千本の桜の樹で、百年間、春を迎えております。ワシントンで日本の国民から、アメリカは、百年前に、三千本の桜の樹を、友情のシンボルとして、贈り物として貰いました。
 今晩、私は、米国民から日本の皆様にプレゼントとして、3000本のハナミズキの贈呈を発表することを嬉しく思います。(拍手)
 総理大臣、この贈り物を記念しておりますのは、私達の後ろにある盾であります。 私達は、日本でこれらのハナミズキが当地の桜と同様に両国間の強い関係と友好のシンボルとなりますよう念願するものです。


 すでにこのハナミズキは昨年秋に日本に到着し、米国政府と日米交流財団が共同で設立した官民パートナーシップ「友好の木イニシアチブ」は、11月16日(金)に、代々木公園(東京都)にて、ハナミズキの植樹式が行われました。今後3年間で約3,000本のハナミズキが、東日本大震災の被災地である東北地方をはじめとする日本各地に植樹されます。

 
植樹
   <2013.3.25 ハナミズキ植樹式>            
 
 駐大阪・神戸米国総領事館より   植樹式出席者全員の記念写真
 
  ハナミズキの植樹  関西二期会 矢野美由紀さんの独唱。「花は咲く」
   クリック拡大表示
 伊丹大使の半井小絵さんと藤原市長  3月26日付 産経新聞阪神版

 ・伊丹市友会「会報」No.34.35への寄稿「米国ワシントンの桜と伊丹」紹介記事。

  伊丹市の退職者で構成される「兵庫県市町村職員年金者連盟伊丹支部」(伊丹市友会)より寄稿の依頼があり 2012年N0.34と2013年No.35の会報誌に連載して,これまでにこのサイトで紹介してきました内容の紹介記事を寄稿しました。No.34(PDF)、  No.35(PDF)
        

-「荒川の五色桜」発刊。樋口惠一著。ISBN-978-4-88694-424-5 (東京農大出版会)
  昨年春にワシントンD.C.訪問時にお会いしました足立区訪問団の樋口惠一様からこのたび「荒川の五色桜」江北桜譜と題したの冊子を4月にご本人が発刊されたとのことで送られてきましたので皆さんに紹介いたします。

 記載内容は以下のとおりですが、五色桜の集大成として貴重な資料も掲載されており詳しく説明されています。
 
 足立区江北の船津家に門外不出の家宝として3代にわたり引き継がれてきた江北桜譜(足立区郷土博物館保管)の紹介や荒川の五式桜の植栽、そしてワシントンの桜寄贈100周年にあたり、3月20日から9月15日まで米国ワシントンの国会図書館-LOC)で開催された特別展 Sakura: Cherry Blossoms as Living Symbols of Friendship で展示されていた船津静作翁がスイングル博士に贈られた桜譜(現在LOCが所蔵)の紹介。

  これまでに収集された多くの資料をもとに荒川の五色桜の歴史やワシントンへの桜の寄贈、舎人公園に植えられているレーガン桜、荒川区の名所復活への取組みそして100周年記念事業の記録など貴重な文献も紹介されており、「荒川の五色桜」を後世に伝えていく上でこのような冊子ができたことは非常に意義深いことです。




-第25代日本さくらの女王の募集
   公益財団法人「日本さくらの会」では2年に1度選出される「さくらの女王」を募集しています。
    応募期間 平成25年10月1日(火)~平成25年11月15日(金)消印有効
    応募資格 
     1. 日本さくらの会の趣旨に賛同し、さくらの女王としてふさわしい役割が果たせる、心身ともに健康な女性
     2. 18歳から23歳の未婚の日本女性
     3. 簡単な英会話ができる方
     4. 2年間の任期中、長期留学等の予定が無い方
         応募用紙など詳しくは「日本さくらの会」のページへ
          
          


2015年、米国から寄贈の返礼ハナミズキが100年を迎えました
  1915年(大正4年)にアメリカから桜の返礼としてハナミズキが贈られてきました。
そして4月10日、のハナミズキのある東京都立園芸高校にて「ハナミズキ百年祭」が催されました。都立園芸高校には米国から100年前に贈られたハナミズキのうち現存する唯一のハナミズキといわれています。

  同時に、日本郵便は同日、「米国からのハナミズキ寄贈100周年」の記念切手を発売、これは日米同時発売という、日本郵便としては初めての試みとなった。


 日米交流財団(ワシントン)から日米友好の証として、同校にハナミズキの苗木が26株(13品種2本ずつ)が贈られ、キャロライン・ケネディ駐日米国大使らの手により、約1mほどの苗木・白花品種「スターライト」が植樹されました。この品種は昨年日本に入ったばかりのだそうです。
  米国から贈られた「ハナミズキ」100年祭、日米親善のもう1つの‟絆”
  nippon.com
サイトより引用
 http://www.nippon.com/ja/column/g00270/

 伊丹に咲き誇る1300本の桜(伊丹だより2015年4月13日広報番組(リンク)

 育んだ日米友好の象徴 平成27年5月10日神戸新聞より引用。(クリック拡大表示)

 

 尾崎行雄ゆかりの地マップで伊丹市東野(ひがしの)が紹介されました。

  憲政の神様といわれた政治家、尾崎行雄の生誕地である神奈川県相模原市では、「尾崎行雄を全国に発信す る会」が相模原市との協働事業として尾崎行雄ゆかりの地マップを発刊しました。
 東京市長として桜の寄贈に尽力した尾崎行雄のゆかりの地として伊丹市東野(ひがしの)が紹介されています。

     


2015年5月江北の五色桜ー船津資料からみる日米桜友好100周年ー 発刊 

  このサイトでも何度も紹介しておりますが五色桜で有名な東京都足立区の「江北村の歴史を伝える会」(会長浅香孝子) が荒川堤の桜の歴史をまとめた冊子を発刊されました。
 2012年に米国国会図書館で開催された江北桜譜特別展で会員の皆さんとお会いしたご縁もあり編集委員の谷内英明氏から贈られてきました。

 今回の冊子の内容は桜守舩津静作の資料はじめ五色桜について様々な資料を基に詳しく解説されています。(クリック拡大表示)

      


                          MODORU.GIF (188 バイト) トップページへ戻る