おすすめの更新ページ 
 このサイトでは「清酒発祥の地伊丹市」のタイトルでとりわけ清酒発祥の町-伊丹を紹介する目的で個人的にウェッブサイトを立ち上げたものです。
 しかし、ちょっとサイトのテーマからはずれますが、私の個人的な興味から様々な話題も取りあげページを作成しその都度ページが増えてまいりました。 今では流行のブロッグで書き込みするのがこのような事には一般的に使われますが、ホームページを開設以来色々と書きこんでいるうちに膨大となり整理もつかずまたせっかく作成したページを消去して捨てるのも惜しいので再編集してまとめてみました。
 ホームページを立ち上げていて一番嬉しいのは、皆さんから感想やご意見をいただくことです。時として批判などもいただいたり致しますがそれでもスパムメール(悪意のある迷惑メール)以外なら大歓迎です。
  基本的には、私のホームページは書きっぱなしでなく日々追記したり修正したりしております。そこでこのコーナーでは過去記事の
「再読のおすすめコーナー」として、私のサイト内のページでみなさんのレスポンスが期待できそうなものを紹介しています。サイト内のページにリンクしてしていますので感想やご意見などがありましたらよろしく。メールを楽しみにしています。
ご意見を歓迎します。制作者へメールを送る。


 *各項目行をクリックすれば該当ページへジャンプします。

米国ワシントン桜物語-日米友好の桜寄贈100周年事業
このサイトで日本から贈られた米国ワシントン・ポトマック河畔の桜と伊丹の関係を紹介してきましたが、1912年寄贈されてから今年2012年に100周年を迎えます。
 毎年現地ワシントンで開催される桜まつりは期間中に100万人の訪問者を集める盛大なイベントとなりました。
 100周年となる今年は2週間の予定を延長して5週間にわたって様々な事業が予定されています。
 また伊丹市においても昨年度から様々な100周年関連事業を展開するため実行委員会
(リンク)を立上げて「ワシントンの桜は伊丹産」のアピールをして広く周知をはかっています。 

わたしの好きな合唱曲・サリマライズ
 どこの国にもその国を代表する国民愛唱歌というものがあります。私の好きな曲である「サリマライズ」は南アフリカ国民の愛唱歌として親しま南アフリカ以外にも多くの国で歌われたり軍楽隊のマーチ曲になっています。我国では特に関西の社会人や学生合唱団で広く歌われております。
この歌が日本に紹介されて歌いつがれてきたことに興味をもったので調べてみました。いまの日本の愛唱歌は何でしょうか?
 我国でも童謡・唱歌を通じて明治以来近代化を進める上で国民教育に力を入れてきました。
 つまりは教育には徳育、知育、体育の各教育目標があるが、小学生年代にはもっとも徳性を涵養することが目的であり、音楽には人の心を正しくし、徳による教化を助ける性質があるので、唱歌を必須の科目と定め、小学校でも必ず学ぶべきものとしました。おかげで子どもの頃に習った様々な童謡は今も世代をこえて歌い継がれています。

創始100周年を迎えたボーイスカウト運動
 ボーイスカウトっていったい何? 
 1907年は英国のブラウンシー島でボーイスカウトの創始者であるべーデンパウエル卿がはじめて20人の少年と実験をキャンプをしてから100年にあたります。 ボーイスカウト運動はこの実験キャンプから始まりました。このキャンプ経験を基に、彼は1908年に『スカウティング・フォア・ボーイズ』(「少年のための斥候術」といった意味)という本(六分冊として発行され、後に一冊にまとめられた)を刊行した。
 この本が大きな反響を呼び、本を読んだ少年たちは自発的に組織(パトロール/班)を形成して善行を始めた。これがボーイスカウト運動の原点・発祥とされています。


白洲次郎と伊丹
白洲次郎といえば、日本一のダンディな男といわれ今なお話題の多い人物です。
白洲家は、摂津国三田藩の儒学者の家柄で祖父白洲退蔵は三田藩儒。また彼の父親白洲文平
(ふみひら)の別荘はわが町伊丹市春日丘にありました。
 吉田茂の懐刀ともいわれた白州次郎の父(白洲文平)が伊丹に構えた美術館付きの邸宅があったことをご存知でしょうか。


2006年NHK歴史大河ドラマ「功名が辻」について
山内一豊の物語であり、伊丹に縁のある謎の武将荒木村重が登場するかも。
 今年のNHK大河ドラマは司馬遼太郎原作の「功名が辻」。原作には伊丹が出てきませんが山内一豊の妻(千代)といえば本人よりも良妻賢母の鏡として知られています。伊丹にあった有岡城は城主荒木村重が信長に謀反の疑いをかけられ、城攻めにあい落城するのですが、その城攻めに関与したのが信長の家来でもある豊臣秀吉や山内一豊が登場します。
 ドラマでは5月の連休明け頃に登場するみたいです。いずれにせよ有岡城は伊丹にあるということが知られることは嬉しいことです。
スペースシャトルの野口聡一宇宙飛行士について
野口聡一さんはボーイスカウト隊員でした。
スペースシャトルの事故で打上げが延期になっていましたが、いよいよ宇宙飛行士・野口聡一さんのミッションSTS-114の打上げが2005年7月になる予定。
小学校時代に兵庫県太子町(姫路市)でボーイスカウト隊員(カブスカウト隊員)として活躍していました。地元茅ヶ崎ではスカウト関係者だけでなく市をあげて応援しています。

追記:ISS(International Space Station)国際宇宙ステーションの計画は長期にわたる壮大な事業で米国だけでなくロシア、日本、EUが協力して進められています。
 USATODAYのサイトでこの計画について1998年からの建設状況がFlashビデオ動画で紹介されているページです。

 http://i.usatoday.net/tech/graphics/iss_timeline/flash.htm
 (リンク)
 

長尾村との合併物語(クリック)
兵庫県内の平成の大合併 11月1日に丹波市が生まれました。
      
-これまでに以下の町が消えて市になりました。-
平成11年  4月 1日 篠山市
  篠山町、西紀町、丹南町、今田町     新設
平成16年  4月 1日 養父市
  八鹿町、養父町、大屋町、関宮町     新設
平成16年 11月 1日 丹波市
  柏原町、氷上町、青垣町、春日町、山南町、市島町
                    
新設

養父市  2004年4月1日
養父郡の八鹿町、養父町、大屋町、関宮町の4町が合併し養父市が誕生しました。
養父市新市役所は旧八鹿町役場におかれました。4町合併後の養父市の人口は約3万人、面積は神戸市に次ぐ423km2になります。
養父市役所 〒667-8651 兵庫県養父市八鹿町八鹿1675

丹波市  2004年11月1日
氷上郡の柏原町、氷上町、青垣町、春日町、山南町、市島町が合併し丹波市が誕生しました。6町合併後の丹波市の人口は約7万2千人、世帯数は約2万1千世帯、面積は約490km2、2004年4月に合併した養父市を抜いて県内市町の中では神戸市に次ぐ2番目の広さとなります。
丹波市役所 〒669-3692 兵庫県丹波市氷上町成松字甲賀1番地

県内の市町合併に関する検討・研究の動き
 (複数市町による検討体制の設置状況)


 やはり合併問題は地域の歴史、慣習,地域の利害などが複雑にからみあう問題であり、このように平成の大合併も編入や併合ではなくてすべて新設により行なわれていることからそのことが伺えます。
 伊丹市には過去に宝塚市か伊丹市か住民を二分する熱い論争を巻き起こした合併の歴史がありました。
 伊丹市の沿革は明治22年、川辺郡伊丹町が誕生。昭和15年には稲野村と合併して県内で7番目、全国で174番目の市、となりました。その後伊丹町から1940年に神津村が編入され、そして昭和30年(1955)4月に市北部の長尾村の一部が編入されて、現在の伊丹市の市域が確定されたものであります。

 .日本の三大私塾道場といえば。。。。(クリック)
 2006年に兵庫県で「のじぎく国体」が開催されます。
県下各市でさまざまな競技が予定されていますが、伊丹市では「なぎなた」種目が予定されています。 なせ伊丹市は「なぎなた」なのか。もちろん市内には「なぎなた競技」には全国大会などで活躍している高校もありますが、実は「全日本なぎなた連盟」の本部はこの伊丹市にあります。
 その「なぎなた」を育成し継承してきた道場「修武館」について解説しています。修武館を支えてきた小西家ならびに清酒発祥の地、また酒造業が栄えた伊丹市の郷町では頼山陽や多くの俳人など文人墨客だけでなく「修武館」へ多くの剣士もまた集まりました。
「修武館」という名称は全国にたくさんありますが、伊丹の修武館は200年以上の伝統をもつ日本の三大私塾道場と言われてます。 

国体リハーサル大会が開催。(クリック)

 日本一のカリヨンのあるまち伊丹-カリヨンってご存知ですか。(クリック)

 「伊丹市は1985年に国際姉妹都市としてベルギー国のハッセルト市と姉妹都市提携を行いこれまでに様々な交流をしています。特にJR伊丹駅前にある「フランドルの鐘」の最上部にあるカリヨンはハッセルト市から寄贈されたものです。
 カリヨン(Carillon)とは数10個の鐘で演奏される組鐘のことでヨーロッパ(特にオランダやベルギーのあるフランドル地域)の教会や広場で多く見かけます。最近日本でもカリヨン広場やカリヨン公園などと全国で100箇所以上のモニュメントなどがあります。
 しかし世界カリヨン連盟に紹介されている直接演奏者が演奏できる伝統的なカリヨンとしてあるのは、なんと日本ではたったの3箇所そのうちでだれでも楽しめる公共的な場所にあるのは唯一伊丹市のみです。 

 日本最古の総構えの城があったまち伊丹-有岡城跡。(クリック)
「JR伊丹駅前にある国指定有岡城跡の発掘調査では天正4年(1576)に築城された織田信長の安土城石垣より古い石垣が発掘された。城主は戦国武将荒木村重による日本で最古と言われる「惣(総)構」の痕跡が、今の伊丹市の街角にも至る所に残っています。近世以降の「惣構」を持つ城でも、現代の都市計画などで痕跡すら残っていない都市が多く見られる中、近世の城郭は有岡城をモデルにしているのではないかと言われる所以であります。有岡城には庭園を設けて風雅を楽しんでいたことも遺構で確認されています。 村重によって改修された有岡城は、ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイスに「甚だ壮大にして見事なる城」と讃えられたほどでした。有岡城が幾度もの合戦で落城しなかったのは、町並み自体を城の防御として配置させたいわゆる「総構え」の城を配していたからであろう。伊丹台地が東に突き出した先端部に主郭、西に「女郎塚砦」・南に「鵯塚砦」・北に「岸砦」を配していました。

 今年2003年はペリー来航から150周年を迎えます。(クリック)
 2003年は1853年に浦賀にベリー提督率いる米国黒船艦隊が現れて150周年にあたります。そして日米間でも様々な記念事業(日米協会のページ参照。)が計画されています。 日本の近代化の幕開けとなったペリーの来航は、戦争もなく封建的でありましたが、比較的平和な世が続いていた時代から、この事件を契機として日本はやむなく開国を迫られ弱肉強食の世界システムに組み込まれ世界の列強と対峙していく運命となりました。

 伊丹名物の「こぼれ梅」ってご存知ですか。(クリック)
「こぼれ梅」は今では京都の和菓子や和歌山の梅干の商標にもありますが、じつは味醂(みりん)のしぼり粕です。 清酒と同様に酒の町伊丹ならではの特産品です。
みりん(本みりん)は、清酒の製造過程と同様に、もち米と米麹にアルコールまたは焼酎を加え、40~60日間熟成させたものです。麹の酵素の働きでもち米のデンプンが糖化されみりんの風味が作られます。アルコール度数は14度前後。もろみをしぼったあとの粕は甘く、奈良漬に使ったり、お菓子がわりの「こぼれ梅」として好まれてきました。 そのままお茶請けにしたり、漬物に利用したりします。上方落語で伊丹出身の枝雀師匠の「鷺とり」をご存知の方なら一度は味わってみてください。 

日本ボーイスカウト兵庫連盟の国際交流事業について(クリック)
1989年8月アメリカ合衆国のワシントン州建州100周年記念式典において日本ボーイスカウト兵庫連盟は三吉顕彰記念石碑を寄贈しその除幕式が行われました 
 日米友好の絆となる顕彰碑は今から170年前の江戸幕末に尾張の国知多郡小野浦の宝順丸が難波し14ヶ月間も太平洋を漂流した後、米国ワシントン州北西部フラッタリー岬に漂着。 
 ジョン万次郎よりも早く1834年に日本人としてはじめてアメリカの土を踏んだ3人の漂着水夫の物語があります。
 追記:
2005年三吉らを乗せて漂着した宝順丸の模型がゆかりのある米国ワシントン州のフラッタリー岬近くのマカ族歴史文化博物館へ寄贈されました。

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