** 岡田利兵衞と柿衞文庫 **


岡田家は、亨保2年(1717)この地において酒造業を創業したが、それ以前からす でに酒米問屋を営んでいたと伝えられている。その後文政年中(1818〜30)には 西宮の今津郷にも進出した。さらに大名貸や海運業を営むなど、典型的な伊丹の町の上 層町人であった。
造家の当主を中心とする近世の伊丹の町人たちは、文化的な活動に大変熱心であった。 彼らの関心は、和歌、連歌、俳諧、謡曲歌舞、蹴鞠、花、茶など幅広いジャンルにわた り、そのいずれについても京や大阪からの一流の人々が師として招かれた。なかでも俳 諧は大変流行し、すでに延宝期(1673−81)には京から貞門派の重鎮松江重頼の 高弟池田宗旦を迎えて、「也雲軒」という俳諧塾が開かれている。
明治25年伊丹に生まれた岡田利兵衛氏はその90年余りの生涯を通して伊丹から離れ ることはなかった、教育者でもあり俳文学者でもあった、さらに昭和12年には伊丹町 長に就任昭和20年には市長として敗戦直後の伊丹の復興に奔走した地方行政の責任者 でもあった。亡くなる直前の昭和57年財団法人を設立してそこへ資料を寄贈したので ある。それを受けて伊丹市は、ゆかりの地に館を建設昭和59年11月3日に開館。俳 諧文学の研究センター的役割を担うべく「文庫」という呼称がふさわしい施設である。 -伊丹小史(大手前女子学園編)より−