SMCJ(ScoutingMemorabilia Club of Japan)
   日本メモラビリアクラブ 中山基氏のエッセー集

       「後世に残したい1枚の写真」

 
皆様は会報20号(2008年春季号)の表紙をご記憶だろうか。大正9年にフランスで撮られた吉田 茂首相の御子息 健一氏(英文学者、1912~1977) 母・雪子は牧野信顕の娘で、大久保利通の曾孫にあたる。 
 第4代ボーイスカウト日本連盟総長の三島通陽とは従弟同士である)のカブスカウト時代の写真です。
 大変珍しい物ですが、歴史上の人物の貴重な写真です。メモラビリア・クラブはあらゆる古いものに価値を見出すクラブです。
 
 物を通じて歴史を語る事も、この運動を検証する一つの方法です。その様な事が出来るのも、このクラブの特徴ではと思います。

  ここに1枚の写真を紹介します。昭和27年8月6日~10日まで、富士見高原キャンプ場(入笠山 山麓)での夏季長期野営の写真です。
 
 ここに写っている方々は、現在この国を動かしている人物です。皆様も良くご存じの方々です。日本の各界の中枢でご活躍される人物が、ボーイスカウトの先輩であり同じ志を持って活動されていた事を思えば、大変心強い思いがします。

 日本のボーイスカウトの歴史を紐解くとき、イギリスやアメリカ合衆国に負けないほどの著名人がこの運動に関わりを持ち、この国に貢献をされている事かと思うと、現代にも後世にも誇れる運動である事はまちがいないと思います。
 
 私達はこの事実を多くの加盟員にお伝えし、私達の先輩がこの国を導いてきた事を確認する事が、今必要ではと思います。それでは、被写体の人物を紹介します。

 

 最前列向かって左より、

   久米 邦貞:元ハンガリー大使、元ドイツ大使・現在日独ベルリンセンター総裁、久米美術館館長、ボーイスカウト日本連盟国際コミッショナ―、1957年の第9回世界ジャンボリー派遣員(7人のスカウトの一人)

  古谷 勝彦:(久米氏の隣)東京・銀座の百貨店「松屋」の会長。初代古谷 徳兵衛が横浜石川町に1989年に創業した鶴屋呉服店が前身。120年後の1989年「松屋」の社長に就任。
         1994年フランス国家功労賞オフィシュ受賞
         1999年ノルウエ―王国功労勲章騎士一等勳受賞
         2003年「松屋」会長に就任

 二見 道雄:(前列右端)元NHKの「海外ネットワーク」のキャスターとして活躍された。同じキャスターには、野中ともよ・幸田シャ―ミ・平野次郎・小林和男らがいる。現在は鬼籍にいられる。

中列向かって左より
  北白川 道久:旧皇族であり皇籍離脱前は、北白川宮 道久王と呼ばれた。伊勢神宮の大宮司の時には、紀宮清子内親王(現・黒田清子)の結婚式において、斎主を務められた。現在、霞会館理事長、学習院同窓会理事、日本会議顧問、神社本庁統理。


麻生 太郎:現在、日本国財務大臣・副総理。戦後の宰相 吉田 茂首相の孫。 妹の信子は三笠宮 寛仁親王と結婚。

 中列向かって右より
    湯浅 先生:(故人)団委員・学習院中等学校 教諭
    古屋 静雄:(湯浅氏の隣)古屋 勝彦の弟、

   元三菱商事プラスティック株式会社 社長、

    東園 基政:(古屋氏の隣)現在・学校法人 学習院 常務理事  

    麻生 次郎:(故人)麻生 太郎の弟。学習院大学卒業直前ヨット事故
            にて逝去。)

 最後列向かって右より

    鳴海 重和:(故人)初代BS隊隊長
    鮫島 達也:(その隣)BS隊3代目隊長
    平井 忠正:(一人おいて)BS隊2代目隊長
    コルヴィジェ氏:フランスのボーイスカウト

以上の方々です。(判明分) 錚錚たる人物がこの写真の中に写っています。

 読者の皆様には、もうどこのスカウト団かお分かりと思います。東京第21隊として発足しましたが、団制度が導入された1958年に東京第21団に改称、東京連盟が23地区制となった1978年より東京豊島第1団として登録された「学習院スカウト隊」です。
 その歴史と伝統に裏付けされた活動内容は、良く知られているところです。

 この貴重な写真を後世に残し、この組織の歴史を語るときには、政・財・宗教界とこの国をリードしてきたボーイスカウトの先輩を思い出して頂きたいと思います。


                             兵庫連盟 中山  基